生涯現役エンジニアブログ

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京都の「没落」危機を救った「薩長」の「琵琶湖疏水」の建設リーダー、北垣国道(知事)を曾孫田邉康雄が京都府150年式典で語る(7)。

前回(6)から続きます。前回紹介した雑誌「柳営」は、旧徳川将軍家家臣(幕臣)子孫の会「柳営会」の機関誌です。

柳営会正会員田邉康雄が、(70年間の研究結果に基づき)「薩長」の北垣国道と「徳川」の田邉朔郎、二人の「生涯に亘る協力」を論文にまとめました。

ここで、柳営会について説明します、――。

―― 柳営会設立趣旨
以下は、柳営会ホームページ(http://www.ryuueikai.org/)からの抜粋です。会の設立趣旨が謳われています。即ち、――。

「日光東照宮例大祭には、毎年、第18代德川御宗家・恒孝様が祭主としてご参拝になっておられます。ある時、参列者の中から、「旧幕臣の子孫のお供がいないのは寂しい」という声があり、昭和55(1980)年5月16日、日光東照宮研修会館に有志が集い、会結成を話し合いました。 そして、例大祭当日の17日早朝、輪王寺本坊玄関前で有志が始めて御宗家ご夫妻にご挨拶申し上げ、前夜決定した会の名称「柳営会」のご承認をいただき、会が発足致しました。柳営とは、名将軍の陣営を呼称する中国の故事に由来し、江戸時代には「幕府及び将軍」を意味する固有名詞として知られていることから、当会にふさわしい名称として採用されたものです」と。

―― 田邉康雄の入会
私は、平成24(2012)年7月に審査を受けて入会を許されました。以来毎年5月17日に德川御宗家・恒孝様のお供をして日光の家康公、家光公の墓参をしております。

―― 審査合格の決め手
一つは、祖父朔郎が徳川将軍家の家臣(幕臣)であり、それを証明する文書が整っていること、二つ目は幕臣田辺家の九代遡る祖先の墓が東京(即ち、旧江戸)に現存することでした。祖先の墓前で会の役員三人による面接を受けました。

以上の7回で、連載「京都の『没落』危機を救った『薩長』の『琵琶湖疏水』建設リーダー、北垣国道(知事)を曾孫田邉康雄が京都府150年式典で語る」を終わります。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2018年10月24日 20:55 |

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