生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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京都の「没落」危機を救った「薩長」の「琵琶湖疏水」建設リーダー、北垣国道(知事)を曾孫田邉康雄が京都府150年式典で語る(5)。

前回(4)から続きます。明治維新は、徳川/薩長、武士と武士の戦いであり、武士以外は参加していません。

その中に在って、但馬の農民北垣国道は、倒幕のさきがけ「生野の変」を首謀しました。そして最終的には、「枢密院顧問官【男爵】」になるなど東京の薩長中央政府に重く用いられました。しかし京都に居宅を構え、命尽きるまで(80歳)、京都のインフラ整備に尽くしました。

―― 国道によるインフラ整備
その両目玉の一つが、「(第一/第二)琵琶湖疏水」でした。この中に「世界初」の一般売電事業用水力発電所建設、「日本初」の市街電車の創設と道路幅拡大による市街電車の拡充、「日本初」の高効率浄水場創設が含まれていました。
因みにもう一つの目玉は、第二の帝国大学である京都大学でした。予定されていた立地大阪を、国道が京都に剛腕誘致し、成功しました。現在、理系ノーベル賞を多産する京都大学は、京都の重要な知のインフラストラクチャ―と言われています。

―― 日本初の大規模多目的地域総合開発事業
電力中央研究所による研究論文においてこのように評価されています。出展は、本間尚雄『琵琶湖疏水ならびに蹴上発電所の技術について』(電力中央研究所報告578001号、昭和53年9月10日発行)です。
この説に従うと、「現在の京都は、曽祖父北垣国道と技術面で国道の生涯に亘って協力した祖父田邉朔郎による『日本初の大規模多目的地域総合開発事業』の上に築かれている」と言えます。
 
次回(6)に続きます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2018年10月22日 18:19 |

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