生涯現役エンジニアブログ

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京都の「没落」危機を救った「薩長」の「琵琶湖疏水」建設リーダー、北垣国道(知事)を曾孫田邉康雄が京都府150年式典で語る(2)。

前回(1)から続きます。
京都府開府150年式典における、私田邉康雄のスピーチの内容は以下の通りでした。

「京都府百五十年、おめでとうございます。  
また金田(きんだ)先生におかれましては、京都の貴重な歴史の中で、琵琶湖疏水をはじめ、今日の京都の礎を築いた北垣国道の功績とともに田邉朔郎についても紹介していただきまして誠にありがとうございました。

―― このような嬉しい御紹介をいただいたこと、本日、この足で黒谷・金戒光明寺へ向かい、御影堂の裏にある北垣国道の墓前に報告いたします。また後日になりますが、京都市から御寄贈いただいたインクライン上、大日山の田邉朔郎墓前に報告いたします。 

―― 話変わりますが、私は、真如堂正門前に現存する 田邉朔郎の旧宅で育ちました。市立第一錦林小学校、同第三錦林小学校、同岡崎中学、府立鴨沂高校、京都大学、同大学院修士課程とここ京都において教育を授かりました。大恩のある京都でございます。

―― 私は北垣国道と、田邉朔郎の血を継承しておりますが、朔郎三代目、国道四代目ともなりますと、DNAが大きく劣化しております(大笑い)。ですから、国道や朔郎のように京都へ大きな御恩返しをする」ことは、気持ちはございますが、力不足でございます。
 
―― そこで代わりに「お勧め」申し上げます。今春、京都市と大津市が共同して「琵琶湖疏水の船下り」を復活されました。ついては、本日お集りの皆様におかれましても、この「船下り」を御利用され、「トンネル扁額」をお楽しみになることをお勧め申し上げます。

―― トンネルでは、明治元勲八名中五名もの扁額をお楽しみいただけます。これにより150年前、ここ京都において、徳川と薩長が争った、その軌跡が伺えます。さらに、その争いの仇同士、「徳川」と「薩長」との恩讐を超えた協力関係を感じ取っていただけます。

―― 明治維新百五十年の今年に当たり、ここ京都が、明治における「最初」の「徳川/薩長」、「和解」の地であり、その証が「琵琶湖疏水」であったことをトンネル扁額によって感じ取っていただき、それをお知り合いの方々を通じて 全国に広げていただきますと、薩長の国道/徳川の朔郎もさらに喜んでくれると思います。 

本件、勝手ながら京都市水道局に成り代わって、お勧め申し上げました(笑い)。末尾になりましたが、西脇京都府知事様に御礼申し上げます。

以上が、スピーチの内容でした。

次回(3)に続きます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2018年10月16日 07:33 |

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