生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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琵琶湖疏水の復活通船下り(7):明治維新による京都の危機(衰退)、それを救った薩長の琵琶湖疏水

京都市上下水道局が『琵琶湖疏水下り(通船)』を復活し、来る3月29日から運行開始します。以下のURLを見てください。https://biwakososui.jp/biwakososui/ 
これに因んで琵琶湖疏水を説明します。タイトルは以下の通りです。

主タイトル:明治維新による京都の危機、それを救った薩長の琵琶湖疏水
副タイトル:「恩讐の彼方へ」協力した徳川幕臣たち ~ 明治維新150周年に当って明治維新に関係した薩長/幕臣両者子孫の回想と将来展望

158.
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160. ⅩⅦ <京都復興は、薩長の中でも、とくに長州に任され、長州は大物を任命した>
161.      1)初代府伊:長谷信篤(親長州派公家、後子爵)
162.      2)二代:  槇村正直(長州藩士、桂小五郎推薦により京都府伊、後男爵)
163.      3)三代:  北垣国道(長州派「倒幕の志士」、長州奇兵隊所属、後男爵)
164. 〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
165. ⅩⅧ <当初の北垣国道案>
166.      1)島田道生に測量させよう。
167.      2)南一郎平に、測量図の上で通水線路を描かせよう。
168.      3)とりあえず、長等山トンネルを抜く。後は、抜いた後で考えよう。
169.
170.      4)抜いた後、山科の天智天皇陵あたりから山を抜いて南禅寺・永観堂の裏(若王子)に出よう。
171.      5)永観堂の北から「鹿ケ谷」の山裾を北上しよう。
172.      6)舟は、階段式・閘門式水路によって北上する水路から白川へ下そう。
173.
174.      7)白川を拡大して、鴨川を跨いで舟を高瀬川へ渡そう。
175.      8)鹿ケ谷の傾斜地に西陣織等を誘致しよう。そして疏水の水で水車を回して動力にしよう。
176.      9)北上する水路は、洛北へ導いて水田稲作を可能にしよう(当時「疏水」とは農業用水を意味した)。
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178. ⅩⅨ <国道が希望した「設計・施工」担当者>
179.      1)本命は、南一郎平だった。しかし、――。
180.      2)「引く手あまた」であり、招聘案は難航した。
181. 〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
182. ⅩⅩ <朔郎の育ての親(後見人)、田邉太一等「(地縁・血縁)四人組(後述)」による朔郎推挙>
183.   1)南一郎平招聘案難航の情報を、東京の 田邉太一、榎本武揚、大鳥圭介、荒井郁之助がキャッチした。
184.   2)工部大学校長大鳥圭介は、5年生田邉朔郎を京都で測量実習させた。
185.   3)その際、大鳥圭介は朔郎叔父田邉太一の義兄荒井郁之助に相談した(書簡が記念館に展示中)。
186.
187.   4)国道は榎本武揚の紹介により、工部大学校大鳥圭介を訪問して5年生(卒業は6年)田邉朔郎に会った。
188.   5)一年後に卒業した朔郎は、京都府に就職した。これは、――。
189.   6)函館五稜郭戦争で薩長に徹底抗戦した徳川「4人組」が朔郎を長州の国道に売り込んだものである。
190.
191.   7)国道は、朔郎の力量に関して半信半疑であり、朔郎に対する評価は島田道生よりも下だった。
192.   8)国道は、島田と田邉朔郎を使って計画立案し、政府に説明した。
193.   9)2年後に琵琶湖疏水が着工され、島田は測量部長、朔郎は工事部長になった。
194.
195.  10)朔郎は初めての経験であるが、上手に工夫を指揮した。それを見た国道は「意外によくやる」と。
196.   11)これによって国道による序列は逆転し、工事部長朔郎、測量部長島田道生の順になった(塵海)。
197.
198.   12)第一トンネル竪坑出水事故により、市会から「田邉朔郎更迭、南一郎平招聘」の声が上がった。
199.   13)国道はこの声を一蹴した。曰く、「誰がやっても日本初、田邉朔郎でよい」と。 
200. ●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
201.  ⅩⅩⅠ <田邉朔郎による水力発電への変更>
202.    1)朔郎は、工部大学校において世界最高の工学(Engineering)を習得していた。
203.    2)産業革命(ワットの蒸気機関)の発祥地スコットランドの Engineering だった。
204.    3)カリキュラムの中には、熱力学があった。エネルギー保存の法則を知っていた。だから、――。
205.
206.    4)鹿ケ谷における水の重力エネルギー利用が不十分であることに悩んだ(推測⇒朔郎日記で要確認)。
207.    5)難関だった第一トンネルが貫通するとすぐ、アメリカに調査に出かけた。
208.    6)世界最高の工学を英語で習得していたので、調査に必要な語学に不自由は無かった。
209.    7)帰国後、設計変更を上申し、北垣国道はOKした。 
210.    8)朔郎が設計した水力発電は、1891年に発電を開始した。目的はインクラインへの動力供給であった。
211.    9)しかしそれに留まらず、販売された。最初は動力用に、つづいて電灯用に。
212.   
213.    10)琵琶湖疏水の成功(収益性)は、都市立地型売電用水力発電所の成功によって確認された。
214.    11)売電による第一疏水の「収益的成功」が第二疏水建設の機運を盛り上げた。


次回(8)に続きます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2018年03月17日 14:21 |

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