生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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琵琶湖疏水の復活通船下り(6):明治維新による京都の危機(衰退)、それを救った薩長の琵琶湖疏水

京都市上下水道局が『琵琶湖疏水下り(通船)』を復活し、来る3月29日から運行開始します。以下のURLを見てください。https://biwakososui.jp/biwakososui/ 
これに因んで琵琶湖疏水を説明します。タイトルは以下の通りです。

主タイトル:明治維新による京都の危機、それを救った薩長の琵琶湖疏水
副タイトル:「恩讐の彼方へ」協力した徳川幕臣たち ~ 明治維新150周年に当って明治維新に関係した薩長/幕臣両者子孫の回想と将来展望

80.
81. 〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇〇●〇
82.  ⅩⅣ <琵琶湖疏水(第一疏水)は何故必要とされたか?>
83.    1)琵琶湖疏水建設の政治的背景
84.     ①英国は、アヘン戦争によって清国から甘い汁を吸った。
85.     ②しかし第二次アヘン戦争では、英国軍隊の多大な流血を見た。
86.     ③その反省に立って日本では内戦を画策した。
87.     ④薩摩の島津家・長州の毛利家を後押しして徳川将軍家に武力行使を仕掛けさせた。
88.     ⑤しかし英国の目論見は外れて徳川将軍家は戦いを放棄した。
89.     ⑥結果として戊辰戦争と呼ばれる武力クーデターに終わった。
90.     ⑦明治政府は,将軍職の親任を受けていた徳川将軍家の『徳川軍事政権』に代わって、
91.     新たに天皇から将軍職を親任された島津家・毛利家の『薩長連合軍事政権』だった。
92.    (ここまでは、田邊康雄「本家の家伝『おせち』『うどん』の幕末危機、それを学問で繋いだ『分家』
93.      ~ 江戸幕府後期の人材登用制度を御家人次男から旗本へ立身した田邉太一に見る」
94.    (平成29年11月20日発行、雑誌柳営30号 p-28)より引用)
95.
96.     ➇明治政府の実態は、『薩長軍事政権』だった。多くの人が気付いていないが、明治から
97.     大東亜戦争敗戦まで、歴代首相の約70%(在任期間では75%)が軍人(倒幕戦争参加者を含む)
98.     だった。特に明治から大正にかけては、ほぼ100%が軍人だった。
99.
100.    ⑨この薩長軍事政権は、徳川軍事政権の本拠地江戸を占拠したが、求心力が不足した。
101.    ⑩そこで、畏れ多くも明治天皇を江戸(東京)へ拉致申し上げた(遷都ではない)。
102.     ⑪これにより、1100年以上の首都京都は大きく衰退した。
103.    (この項は、田邉康雄「びわ湖疏水にまつわる、田邉朔郎一族の幕末・明治
104.     ・大正・昭和・平成のはなし」(平成27年11月20日発行、雑誌柳営28号 p-21)より引用)
105.
106.   ⑫これを放置すれば、国民の人心が明治の薩長軍事政権離れすると危惧された。
107.   ⑬よって京都復興は、薩長軍事政権にとって喫緊の課題だった。
108.
109.  2)最初は長州
110.   ①最初長州に託された。これは、蛤御門の変の大火による京都荒廃の責任を問われたものと思われる。
111.   ②託された長州は、最初地場産業振興や、観光促進を試みたが不十分だった(長谷信篤/槇村正直)。
112.   ③インフラ(都市基盤)未整備が、不十分の原因であると考えた(北垣国道 ~ )。 
113.   ③整備のために琵琶湖の水を利用することを考えた。
114.   ④まず試行的に第一疏水を計画した。当初の主目的は、灌漑であり、後で運輸・工業が加わった。
115.   ⑤第一疏水は、途中で設計変更した水力発電によって成功が見えた。
116.
117.  3)次は薩摩
118.   ここで長州から薩摩にバトンタッチされた(千田/中井/渡辺/山田/西郷/川上)。
119.   付表-1 田邉朔郎と歴代の京都府知事、そして北垣国道の比較年表
120.   ① 薩摩は、第二疏水を中心とする「京都市三大事業」を計画した(裏で糸引く北垣国道)。
121.   ②「三大」とは、発電、市電、上水だった。これにより、――。
122.   ③ 京都市は、海に面していないにも拘わらず、他に例を見ない、人口150万もの大都市となった。
123.   ④ それに留まらず、歴史とハイテクが共存する唯一の存在となった。
124. 〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●
125. ⅩⅤ <日本初の大規模多目的地域総合開発事業(電力中央研究所の研究論文)>
126.  1)第一疏水と京都市三大事業(第二疏水、第二期水力発電、市電増設、上水)
127.  2)着想から完成まで30年を要した。
128.  3)第一期工事というべき「第一疏水」は、長州が推進した。
129.  4)第二期工事というべき「第二疏水」は、薩摩が推進した。
130.  5)第一期と第二期を通して、徳川幕臣田邉朔郎が技術を担当した。
131.  6)北垣国道は、第一疏水を推進しただけでなく、第二疏水推進者の後にも控えて支援していた。
132.    (参照:付表-1 田邉朔郎と歴代の京都府知事、京都市長、そして北垣国道の年表)
133. 〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇●〇〇
134. -ⅩⅥ <琵琶湖第一/第二疏水の研究に数多くの文献を見たが、特に役に立った単行本>
135.  1. 京都市参事会訂正琵琶湖疏水要旨(全)、構成は以下の通り。
136.    第一疏水
137.    明治23年4月1日  巻一出版
138.    明治25年12月26日 巻二出版
139.    明治26年6月10日  巻三出版
140.    明治28年6月15日 付録版
141.    明治29年7月2日  訂正合巻印刷
142.   (第一疏水における計画の変遷がよく分かる)
143.
144.  2. 田邉朔郎博士60年史
145.    大正13年5月20日
146.    第五編第一章 京都市三大事業の調査
147.     1)第一疏水工事竣工後の好況
148.     2)第二疏水工事の要望
149.     3)第二疏水工事前後の経緯
150.
151.    第五編第二章 京都市三大事業完成の功績
152.     1)京都市三大事業に対する貢献
153.      ①水利事業(即ち、発電事業)
154.      ②水道事業(日本初の急速濾過)
155.       古い書籍で京都市上水道のことを記載しているものは少ないが、これは例外的に書いてある。
156.      ③軌道事業(道路拡張による電車線路の増設)
157.
     2)事業完成の記念および祝賀

次回(7)に続きます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2018年03月17日 13:23 |

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