生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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琵琶湖疏水の復活通船下り(3):明治維新による京都の危機(衰退)、それを救った薩長の琵琶湖疏水

京都市上下水道局が『琵琶湖疏水下り(通船)』を復活し、来る3月29日から運行開始します。以下のURLを見てください。https://biwakososui.jp/biwakososui/ 
これに因んで琵琶湖疏水を説明します。タイトルは以下の通りです。

主タイトル:明治維新による京都の危機、それを救った薩長の琵琶湖疏水
副タイトル:「恩讐の彼方へ」協力した徳川幕臣たち ~ 明治維新150周年に当って明治維新に関係した薩長/幕臣両者子孫の回想と将来展望

Ⅰ <第一疏水トンネルクラウン扁額配列の謎解き(=北垣国道が刻んだ暗号の解読)・・・後     第一トンネル 伊藤博文  山縣有朋   (トンネル内部 北垣国道)
    第二トンネル 井上馨   西郷従道
    第三トンネル 松方正義  三条実美
インクライン下トンネル【ねじりまんぼ】 (トンネル出入 北垣国道)

Ⅱ <第二疏水取水口と第二期蹴上発電所扁額の謎解き(=北垣国道が刻んだ暗号の解読)> ・・・後述
    久邇宮邦彦王

Ⅲ <第一疏水琵琶湖側入口と京都側出口の「英文」の謎解き> ・・・後述
   「SAKURO TANABE DR ENG ENGINEERINER IN CHIF WORK COMMENCED AUGST 1885 COMPLETED APRIL 1890」

Ⅳ <第一疏水/第二疏水「合流トンネル北口」扁額の謎解き> ・・・ 後述
  田邉朔郎の扁額「藉水利資人工」

Ⅴ <お話しする前にお願いがあります>
  本日は歴史の話をします。そこで御了解いただきたいことがあります。歴史観は人によって異なることです。
 本日お話しする明治維新150周年の歴史観は、よくある薩長史観に、徳川幕府史観を加えた歴史観です。
 小学校、中学校、高等学校の教科書で習う内容とは違うかも知れませんが、お許しください。

Ⅵ <田邉康雄独自の明治維新150周年歴史観の視点>
    旧徳川幕府にも、旧薩長にも偏らない公平な視点に立つ。 
 1)妻の曽祖父大迫尚敏は、鳥羽街道の戦いにおいて幕府軍に発砲した薩摩軍の一員。後、陸軍大将、学習院長、子爵。
 2)本人の曽祖父北垣国道は、伏見街道の戦いにおいて幕府軍に発砲した長州軍の一員。後、枢密顧問官、男爵。
 3)祖父朔郎の叔父田邉太一は、戊辰戦争において対薩長徹底抗戦した幕府軍の一員。後、薩長新政府の外交官。
  4)本人の祖父朔郎は、北垣の人脈に組込まれて薩長に協力した、徳川幕府家臣。後、東京帝大/京都帝大教授。

Ⅶ <田邉康雄の情報源となった団体等>
  以下の、歴史愛好者の会に所属して会員と研究を進めております。
  1)柳営会・・・徳川将軍家旗本子孫の会・・・・・・・・・・・・・・・・・正会員
  2)徳川未来学会・・・平和国家徳川時代を研究して未来につなげる。・・・・正会員
  3)咸臨丸子孫の会・・・徳川将軍家咸臨丸乗組員の子孫の会・・・・・・・・正会員
  4)財団法人徳川記念財団・・・徳川将軍第十八代宗家恒孝様主催・・・・・賛助会員

次回(4)に続きます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2018年03月17日 12:29 |

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