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木内昇歴史小説『万波を翔る』の主人公 田辺太一を、子孫田辺康雄が語る(26)

昨日(2017年12月4日〔月〕)の木内昇作小説「万波を翔ける」は、第230回でした。時は文久三(1863)年12月頃です。太一は「組頭」の任命を受けましたが、これを辞退しました。

外国奉行が外務大臣だとすると、組頭はその次です。外国奉行は常時3~4人居たそうですから組頭は十人近く居たと思われます。ですから、外国奉行を外務省に例えると、組頭は部長か局長だと思います。

「そなたが組頭か、世も末じゃのう」
 と、相談に行った元上司(外国奉行)水野忠徳に言われてしまいました。確かに徳川の世は末でした。ひと昔前なら、御家人次男が奉行の次席、組頭になることはあり得ませんから。

―― 昌平黌学問吟味
太一は、甲種及第(合格)でしたから、今でいうと国家公務員総合職試験にトップ合格したようなものでした。しかも18歳で合格です。
今日の言葉でいうと、キャリア組ですが、まだキャリア組という概念も、出世進路も確定していない時代のことでした。
当時の徳川幕府においては、生家の「家格」と、生まれた「順序」によって出世の「枠」が決まっていました。「見得以下」御家人の、しかも次男には、まったく立身の見通しはありませんでした。

―― 武家のしきたり
話が脇道に逸れますが、お許しください。私が「もの心」付いた頃。毎日の食事の座において父は上座。兄は父の横で上座。母親は下座。そして私と弟は母とならんで下座。このように定まっていました。
その他も含めて長男と次男、三男の待遇において大きな差別がありました。武家のしきたりが濃厚に残っていたのです。
敗戦後の新憲法になっても、この差別は無くなりませんでした。長男は生まれながらにして親に認められますが、次男以下は懸命にやらなければ親から認められませんでした。長男とは身分が違うのです。太一も同じでした。

―― 身分違いの太一
幕臣の中では低い身分の太一が、(辞令を言い渡した上司に言わせると)分をわきまえずに昇進を辞退したのです。太一の理由は「与えられた業務は、日本のためにならない」ということでした。まだ日本という概念が普及していなかった時代ですのに。

―― 曽祖父北垣国道
話が飛躍しますが、京都府知事として琵琶湖疏水により成果を残した後、内務省の「次官」を命ぜられました。しかし「自分には(ロシアから)北海道防衛の仕事がある」といってこれを辞退しました。
辞退して1ランク下の、北海道開拓庁長官を志願し、道内鉄道網を整備しました。内務次官なら、次は内務大臣も夢ではなかったでしょうに。しかも長州閥のエリートですから地方政治の経験を生かして国家政治のために尽くしたでしょうに。

―― 祖父田邉朔郎
京都帝国大学を停年退官するに当たって京都市会から市長の座を用意されました。しかし、「自分には鉄道コンサルタントの仕事がある」と言って辞退しました。そして新幹線計画を指導し、かつ、世界初の海底鉄道(下関~門司)計画を指導して完成に導きました。

―― 私田邉康雄
三菱化成時代45歳の時、本社「シーワン化学」開発室長を正式に命じられましたが、辞退しました。「自分には会社のためにやることが他にある」と。「通産省(現経産相)の下請けのような仕事は会社のためにならない」と。そんな信念がありました。

後、さらに50歳の時、総合研究所炭素無機研究所長から「自分の後をやってくれ」と、前後三回に亘って請われました。しかし、「会社のためにならない」と思って辞退しました。
後年大赤字になると予想される「光ディスク(CD/DVDディスク)」開発研究を引き継いでほしいという御依頼でした。予想どおり、光ディスク研究は事業展開した後、累積2000億円の大赤字を出して終了しました。

引き受けて「つぶす」という手段も考えられましたが、「自分は会社の為に、もっとプラスの仕事をすべきである」と考えたものです。
そしてケイ素事業というプラスの仕事を、ゼロから始めて成功しました。それが私の三菱化成における最後の仕事でした。

―― 命ぜられた仕事を断る。
これは、田辺家の伝統です。そしてその典型が、田邉太一でした。断る動機は、「自分はどうなってもよいから、『みんな』のために尽くす」でした。
そして太一と国道にとって「みんな」の象徴は、天皇陛下でした。太一は、尊皇佐幕、そして国道は尊皇倒幕でした。私も祖先とはスケールが及びませんが、徳川と薩長のバランスを取って、「みんな」のために尽くしてきました。これからも尽くします。

次回(27回)に続きます。


投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年12月05日 07:28 |

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