生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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木内昇歴史小説『万波を翔る』の主人公 田辺太一を、子孫田辺康雄が語る(22)

頭書タイトルによる連載記事を続けます。さる10月6日に約一ヶ月振りに(21)を投入して以来、また約1ヶ月が経過しました。他に優先してやらねばならない仕事があったので、間が空いてしまったものです。

しかし今回は、小説に直接には関係のない「お知らせ」です。
明日(2017年11月11日【土】)、TBSテレビ、夜9時から約一時間。草野仁さんが司会し、黒柳徹子さん等が出席される歴史番組兼、バラエティ番組「1453回日立世界ふしぎ発見」は、『海を渡った幕末のサムライ(スフィンクスと写真を撮った男たち)』です。
http://www.tbs.co.jp/f-hakken/
番組の中で田邉太一が紹介される予定であると聞いていますから、お知らせします。太一とスフィンクスの関係は以下の通りです。

―― 文久三年遣欧使節団
これは、池田長発外国奉行を団長とする「横浜鎖港使節団」です。組頭を田辺太一が拝命しました。一行がエジプトのスエズ地峡を通過する際に「スフィンクス観光」にでました。そしてスフィンクスの前で集合写真を撮りました。但し、太一はこの観光には参加せず、ホテルで交渉の作戦を考えていました。ですから集合写真には載っていません。

―― 沼津市明治史料館
TBSテレビ番組のディレクターから、沼津市明治史料館主任学芸員木口亮様へ連絡があったそうです。「田辺太一の写真を使用させてほしい」と。
おそらく、集合写真に載っていないので、単独写真を使用して太一を紹介するのでしょう。そして木口様から、私のところへ御連絡が入りました。単独写真に対する問い合わせでした。

―― 提供した単独写真
文久三年遣欧使節団組頭の際の太一写真は、これを持ち合わせていません。代わりに、慶応三年パリ万博使節団組頭時代の写真を提供しました。この使節団の団長は、徳川慶喜の弟、昭武でした。

―― 田辺太一と沼津市明治史料館
明治史料館は、田辺太一には御縁のある史料館です。ここは「徳川兵学校記念館」とも呼んでよい史料館です。そして太一は、ここ兵学校の「1等教授」でした。

―― 太一が「1等教授」になった経緯
太一は、戊辰戦争の最終場面、北海道函館五稜郭戦争を横浜に居て支援していました。盟友の総裁榎本武揚、陸軍奉行大鳥圭介、海軍奉行荒井郁之助を支援していたものです。三人が降伏後、直ちに沼津兵学校へ招聘されました。

―― 沼津市明治史料館に協力する私田邉康雄
私が所持している太一の遺品、ならびに太一が養育した甥田邉朔郎(兵学校付属小学校在校生)の遺品を沼津市明治史料館に寄託すべく現在準備中です。

― ―――― ――――
「万波を翔ける」第22回目は以上です。次回(23回)に続きます。


投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年11月10日 08:35 |

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