生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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木内昇歴史小説『万波を翔る』の主人公 田辺太一を、子孫田辺康雄が語る(20)

頭書タイトルによる連載記事を続けます。さる7月21日に(19)を投入して以来、他に優先してやりたい事があったので、2ヶ月近く間が空いてしまいました。

―― タイトルの小説は現在、日本経済新聞夕刊に毎日(除日曜祝日)掲載されている連載小説。作家は、直木賞受賞作家の木内昇さんです。

―― 主人公は、田邉太一。私の祖父田邉朔郎の叔父で、祖父朔郎の育ての親、後見人です。太一の子孫は絶えたので現在、朔郎田辺家が祭祀を継承しています。遺骨は、東京青山の田辺家墓地に埋葬されています。

―― 太一は、徳川幕府と明治薩長政府に仕えた日本初の職業外交官です。徳川幕府外国奉行所組頭時代に、遣欧使節に二度、組頭として随行し、明治になってから、薩長明治政府に外務省から「外務少丞(外務省No.5)」として呼び出され、岩倉遣米欧使節団の書記官長として随行しました。

―― 現在、連載165回(2017年9月7日、場面は進行して文久元年の春頃。太一の兄、孫次郎の妻のお腹が大きい状態です。妻の名が「ツヤ」となっていますが、実際は「ふき子」でした。

―― また居宅が「湯島」となっていますが、実際は内神田柳原八名川町でした。現在のJR総武線、浅草橋駅の西出口をでて約30メートルのところです。

―― ツヤの腹の中にいる子は、私の祖父、田邉朔郎です。後半年ほどするとまれますが、文久元年11月1日に生まれたので、「朔郎」と名付けられました。

日本経済新聞を購読されておられるかたは、目を通していただくと嬉しいです。話は、田邉太一が著した「幕末外交談」(明治31年発行)にそって進めれています。
この本は、漢文の書き下し文のような格調高い文章で難解ですから、訳本が出版されています。東洋文庫72「幕末外交談」です。

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「万波を翔ける」第20回目は以上です。同じ内容を、有限会社田辺コンサルタント・グループホームページ、ツイッター、フェイスブック、ならびにメールマガジンによって発信しています。
また、日経ホームページによる、小説『万波を翔る』の紹介を御参照ください。

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このコンテンツは、私田邉康雄が有限会社田辺コンサルタントグループのホームページにブログに載せ、同時にSNSのツイッターとフェイスブックによって発信しているものです。さらに、名刺交換した方々等にメールマガジンで発信しております。

このコンテンツにおいては、自分の意見を述べる、いわゆる「べき論」は、これを避け、私が知っている歴史的事実を紹介しております。
事実とは言え、私見と身贔屓が入っていることはお許しください。「歴史認識はひとり一人異なる」。「異なってよい」。これが私の姿勢です。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年09月08日 07:29 |

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