生涯現役エンジニアブログ

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読売新聞「(明治)維新の記憶」連載特集、倒幕の志「生野の変」首謀者北垣国道を、曾孫田辺康雄が語る(24)

去る6月27日(平成29年)読売新聞大阪夕刊「(明治)維新の記憶」連載特集(毎月一回)に取り上げられた「1863年、生野の変」に関連して、その記事のためにインタビューを受けた田邉康雄が、さらに語っております。

そして国道の「第二生」、京都復興を語っています。長州が「蛤御門の変」で市街の大半を焼き、薩摩が畏れ多くも天皇陛下を江戸へ拉致申し上げ、1000年の都は大きく衰退しました。こんな衰退の原因を作った当時の薩長軍事政権としては、京都復興は人心離脱を防止するために喫緊の課題でした。

――――――――――――――――――――
北垣国道の「京都復興」は、1)インフラストラクチャの整備と、2)教育施設の充実の二件からなっています。

―― インフラ整備は、琵琶湖疏水であり、教育施設整備は、a)日本初の女子教育機関(女紅場~京都府立第一高女~鴨沂高校)、b)第二の帝国大学(京都大学)の誘致、そしてc)同志社大学設立支援ほか高等教育機関設立支援の三件から成っていました。

―― 琵琶湖疏水は、「第一琵琶湖疏水」と「第二琵琶湖疏水」からなっています。以下、その二つの疏水の意味を考察します。

第一琵琶湖疏水は、田邉朔郎が途中で設計変更して建設した、日本初(おそらく世界初)の売電事業用水力発電によって大成功を見ました。収益が上がり、投下資本の回収の見込みが立ったのです。そこで発電を主体とする第二琵琶湖疏水の建設が京都市によって渇望されました。

―― 京都市三大計画
この計画は最近の研究により、第一琵琶湖疏水と合わせて日本初の「大規模多目的地域総合開発計画」と評価されています(参照:電力中央研究所報告№578001本間尚雄著「琵琶湖疏水ならびに蹴上発伝所の技術について(1978年)」。
計画の柱は第二琵琶湖疏水の建設であり、これによって、――。

1. 第二期蹴上水力発電所を建設し、
2. その電力によって(日本初の電車ということになっている)京都市電(これは京都電気鉄道を京都市が買収したもの)路線をさらに拡充するために、道路の幅を広げ、
3. (飲料水を地下水に依存していた京都の)全市へ上水を供給する浄水場を建設し、その際盆地で土地の余裕が無いので、(他都市で普及していた)大プール方式の濾過池は、これを避けて日本初の化学薬品(アルミ化合物)を用いたゴミの凝集「沈殿池」と、小型高効率濾過「プラント」の組合せによる、日本初の急速濾過方式(蹴上の)浄水場を建設する。

これが、第二琵琶湖疏水を柱とする三大計画でした。この計画が成功したことによって、現在の京都が成り立っています。


北垣国通の京都復興の切り札、琵琶湖疏水の話は、次回(第25回)でも続けます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年08月11日 06:24 |

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