生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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ISOMS(ISOマネジメントシステム)、内部監査、自己宣言、コンサルティング ― 回顧と反省 ― (15)

ISOMS認証ビジネス」に批判的な田邉康雄が、この世界に入った経緯を回顧しています。

京都大学大学院工学研究科燃料化学専攻修士課程を卒業して、三菱化成に就職する前、ハップニングップがありました。博士課程の選考テストに合格発表があったのです。私は受験していないにも拘わらず。

―― 教授の親心
これは新宮春男教授が、三菱化成の奨学金を、修士課程に引き続いて確保し、その上で私を博士課程に進学させることをお決めになったものでした。博士課程卒業後、三菱化成に就職すればもちろん返済不要ですが、大学に奉職しても返済不要と聞きました。

―― 人生の分かれ道
祖父田邉朔郎は、東京帝国大学教授、京都帝国大学教授を歴任しました。しかし私は、大学教授には魅力を感じませんでした。教授の「引き」を受けて、ここで博士課程に進学すれば、大学教授となってしまう。それは困る。そう考えました。大学教授には魅力を感じなかったのです。

―― 祖父田邉朔郎
祖父は、大学(当時は6年制)卒業後、京都府・京都市に就職して琵琶湖疏水・蹴上発電所という大きなプロジェクトを担当させてもらいました。これにならって私もプロジェクトをやりたかったのでした。

―― 三菱化成への就職
新宮教授には申し訳ないのですが、博士課程への進学は断り、予定通り三菱化成に就職しました。後日、京都の母親のところへ「合格しているのに、入学金を支払わないのか」と大学工学部事務から問合せがありました。

―― 新宮教授との交流
卒業後、半年に一回、大学を訪問して新宮教授に御挨拶に行きました。その際、直接指導を受けた乾智行助手(後、教授)にもご挨拶したことは言うまでもありません。

―― 新宮教授との交流
昭和50年台の半ば、新宮先生が京大病院で死の床につかれました。私は、お亡くなりなる直前にお見舞いに伺いました。先生はすでに御意識がありませんでした。
その時、奥様がおっしゃいました。「主人は常々言っていました。自分のことを分かってくれるのは、田辺君だけ」と。
奥様の過分なお言葉に恐縮し、御意識のない、新宮先生に深く首を垂れて感謝の気持ちをお伝えして退出しました。

―― 大きな自信
先生に認められた理由は、私の修士論文だったと思います。後日、直接指導教官の乾智行先生と共に、触媒工学関係の国際学会誌「Journal of Catalysis」に掲載されました。これは乾先生にとっても最初の快挙でした。弟子に厳しいことで定評のある新宮先生でしたが、この先生に認められたことが、私の大きな自信になりました。

―― 恩人5人
三菱化成に就職した後30年間に、6件のプロジェクトを担当させ頂き、6件とも社長賞をいただきました。内1件は、大河内生産特賞受賞という大きな栄誉を三菱化成にもたらしました。私のこれまでの人生において、私の人生を「良い方向へ」と影響を与えてくださったお方を5人挙げさせて頂くなら、その御一人です。そして最大の影響を与えてくださいました。

次回(第16回)につづきます。

弊社ホームページのブログに投入し、同じ内容をツイッター、フェイスブック、そしてメルマガで配信しています。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年07月20日 09:17 |

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