生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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読売新聞大阪夕刊取材:明治維新の魁(さきがけ)「生野の変」、その首謀者、北垣晋太郎(国道)を、曾孫の田邉康雄が語る。ー(7)

頭書タイトルによる連載記事(今回は第7回)を続けます。前回(第6回)、「徳川家康に対する怨恨が徳川幕府に向かった」と書きました。現在世界の各地で頻発している「反政府テロリスト」と大差ないと書きました。そこでテロリスト北垣晋太郎の動機を探るべく、心の中に分け入ってみましょう。

―― 尊皇討幕
これが北垣晋太郎の、心の中の旗印でした。分り易くいうと、「徳川幕府を倒して、天皇陛下の世にもどす」。こんな旗印でした。但し、生野で「農兵を募集」した際には徳川幕府に対してこの旗印は隠していました。

「京都の北辺を警備して天子様を守る。北海道を守る」と。こう言って徳川幕府を騙し、農兵募集の許可をとりました。

―― 武士復帰
これこそが晋太郎の心の中の動機でした。北垣家を、豊臣秀吉時代以前の、何人(なんびと)にも支配されない「地侍」に復帰させる。即ち、武家に戻る。これが、北垣晋太郎が心中に潜めた目的でした。なんと単純な動機ではありませんか。

―― 目的達成
結論を先にいうと、鳥取藩士として武家に戻りました。但し明治維新、即ち戊辰戦争における奮戦振りが評価された明治2年のことでした。しかし既に、武家の時代は終わっていました。武家は何の特権もない、単に「士族」と呼ばれるだけの存在に格下げされました。

―― 自問自答
武家の格下げだけではありません。本来農民である郷士が格上げされて士族と呼ばれるようになりました。徳川幕府時代に、農民ではあるが郷士と呼ばれていた北垣家の晋太郎は、「何をやっていたのか?」と猛反省したことでしょう。この猛反省を演じて北垣国道の「第一生」、即ち、「第一幕:討幕テロリスト」は幕引きとなります。

第7回目は以上です。このコンテンツは、私田邉康雄が有限会社田辺コンサルタントグループのホームページにブログに載せ、同時にSNSのツイッターとフェイスブックによって発信しているものです。さらに、名刺交換した方々等にメールマガジンで発信しております。

このコンテンツにおいては、自分の意見を述べる、いわゆる「べき論」は、これを避け、私が知っている歴史的事実を紹介しております。
事実とは言え、私見と身贔屓が入っていることはお許しください。「歴史認識はひとり一人異なる」。「異なってよい」。これが私の姿勢です。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年06月13日 09:13 |

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