生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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読売新聞大阪夕刊取材:明治維新の魁(さきがけ)「生野の変」、その首謀者、北垣晋太郎(国道)を、曾孫の田邉康雄が語る。ー(5)

頭書タイトルによる連載記事(今回は第5回)を続けます。前回(第4回)、「討幕戦争の魁(さきがけ)「生野の変」の首謀者北垣晋太郎と、明治期における京都市復興の「琵琶湖疏水」プロジェクト推進者、北垣国道が同一人物である」と書きました。

―― 北垣国道は一生を三回生きた人です。「第一生」が討幕戦争、「第二生」が、京都市復興、そして「第三生」が北海道開発でした。

―― 三生を生きた結果として薩長新政府は国道に大きな栄誉を与えました。即ち、①役職:枢密顧問官、②官位:正二位、③褒章:勲一等、そして④家格:男爵でした。
身分制の厳しかった江戸時代の農民が、世襲的貴族にまで駆け上ったものです。身分制が無くなった明治とは言え、稀有な事例でした。

―― 現在、直木賞受賞作家「木内昇」さんが、田邉朔郎の叔父、育ての親、田邉太一を主人公とした小説「万波を翔る」を、日経新聞夕刊に連載中です。「波乱万丈」の人生を送った徳川幕府の外交官田邉太一を主人公とした小説です。

―― 「波乱万丈」のことを「万波を翔る」というならば、北垣国道こそ、「万波を翔けた」人でした。「木内昇」さんが田辺太一の「万波を翔る」を書き終わった後、北垣国道の「億波を翔る」を書いていただけないかと密かに期待しています。

第5回目は以上です。このコンテンツは、私田邉康雄が有限会社田辺コンサルタントグループのホームページにブログに載せ、同時にSNSのツイッターとフェイスブックによって発信しているものです。さらに、名刺交換した方々等にメールマガジンで発信しております。

このコンテンツにおいては、自分の意見を述べる、いわゆる「べき論」は、これを避け、私が知っている歴史的事実を紹介しております。
事実とは言え、私見と身贔屓が入っていることはお許しください。「歴史認識はひとり一人異なる」。「異なってよい」。これが私の姿勢です。

次回(6回目)に続きます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年06月09日 07:54 |

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