生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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読売新聞大阪夕刊取材:明治維新の魁(さきがけ)「生野の変」、その首謀者、北垣晋太郎(国道)を、曾孫の田邉康雄が語る。ー(3)

頭書タイトルによる連載記事(今回は第3回)を続けます。前回(第2回)、「北垣晋太郎は、討幕戦争の先駆けのひとつ、『生野の変』を首謀した」と書きました。


―― 失敗して徳川幕府の「お尋ね者」となりましたが、それにもめげず討幕戦争に身を投じ、明治維新の成功に一役買いました。これが北垣晋太郎です。そしてここまでが、彼の「第一生」でした。

「生野の変」の記念館、「生野書院」を御訪問ください。ここで討幕の志士、北垣晋太郎が命を張っ佩いた「討幕の刀剣」(寄託者田邉康雄)をご覧ください。そして北垣晋太郎の「第一生」を感じ取ってください。

―― 右隣の笛は、同志平野国臣の遺品です。捕縛されて京都に連行され、「蛤御門の変」の後で、捕縛された33人の同志とともに斬首されました。
生野書院については以下を御参照ください。
http://www.ikuno-kankou.jp/silverarea/ikuno-shoin/

―― 一方明治維新に成功した後、京都市の復興に尽くしました。これが北垣国道です。そしてこれが北垣晋太郎の「第二生」でした。

第2回目は以上です。このコンテンツは、私田邉康雄が有限会社田辺コンサルタントグループのホームページにブログに載せ、同時にSNSのツイッターとフェイスブックによって発信しています。さらに、名刺交換した方々等にメールマガジンを発信しております。

このコンテンツにおいては、自分の意見を述べる、いわゆる「べき論」は、これを避け、私が知っている歴史的事実を紹介しております。事実とは言え、私見と身贔屓が入っていることはお許しください。「歴史認識はひとり一人異なる」。「異なってよい」。これが私の姿勢です。

次回(4回目)に続きます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年06月07日 07:34 |

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