生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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ISOマネジメントシステム、コンサルタント、自己宣言、内部監査、安全、 改訂 ― 回顧と反省 ― (8)

前回(第7回)は、三菱化成(現三菱ケミカル)に感謝の念を込めて「良い会社に入社した」と思った。そのことを紹介しました。
今回は、この「良い会社」を推薦して下さった京都大学工学部燃料化学科教授新宮春男先生への感謝の念を込めて、入社の経緯を記録に残します。以下の通りですーー。

―― 燃料化学科は、昭和14年、石炭と石油の研究を目的に設立されました。主たる目的は、取り扱いの困難な固体燃料から、取り扱いの容易な液体燃料へと需要の転換期を迎えて、石油の産出量がほぼゼロである日本の安全保障のために、石炭から、石油を合成するものだったと聞いています。

―― 実際、私田邉康雄が昭和32年に入学した際には、京都大学の構内、本部時計台からさほど遠くない場所に、当時の石炭から石油を合成する試験工場の残骸が残っていました。このこととは、先の大戦のことは大きな関係があるので説明します。以下の通りです、―――。

―― 米国大統領フランクリン・ルーズベルトは、「卑劣」な対日経済制裁、「全面禁油」によって日本国を「燃料切れ」にしようとしました。それに加え、いわゆるハルノートによって、日本国の退路を断ちました。これ即ち、米国の日本国に対する「宣戦布告」でした。
ルーズベルトは、重大案件である「宣戦布告」を議会に諮ることもせずに、独断で行ったものでした。日本国の当時の国民が「鬼畜米英」と蔑視した所以です。

次回(第9)につづきます。

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投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年05月29日 07:58 |

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