生涯現役エンジニアブログ

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直木賞作家、木内昇氏による「日経新聞夕刊小説『万波を翔る』の主人公、雅号蓮舟 田辺太一(9)

頭書タイトルによる連載記事(今回は第9回)を続けます。昨日(4/14)の日経夕刊、木内昇作『万波を翔る』の連載(第45回)でした。この連載をお読みになっておられる方々に、御理解を早めて頂くために、時代背景と田辺太一の個人的事情をお知らせしております。

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京都琵琶湖疏水・蹴上水力発電所の設計者田辺朔郎の「育ての親」、叔父田辺太一は、徳川将軍家昌平坂学問所の儒学を主体とする「学問吟味」の受験を志し、前回紹介した通り、1848(弘化5)年に18歳にして最高ランク「甲科及第」に合格しました。

―― 受験者の「旗本・御家人」合計168名中合格者は、旗本2人、御家人2人の計4人で42倍という難関でした。内、御家人は2名でした。御家人次男田辺太一は、難関に合格した故、その身分としては異例の、学問所出役となって受験指導を担当おさせていただきました。つづいて翌年、甲府徽典館教授出役として甲府に赴任しました。教授とはいえ、部屋住みの身(父親の厄介者)のままでした。すなわち、無給でした。

―― 合格者4人の中に旗本永井尚志がいました。永井は、長崎海軍伝習所の第一期生総監(所長)をしました(1855年)。後の外国奉行のひとりであり、旗本としては異例にも「若年寄り」にまで立身しました。

―― 田辺太一は、甲府で儒学者として落ち着くかと思われたのですが、この永井の影響があったらしくてオランダ語を独学しました。また永井の推薦があったらしく、1857(安政4)年、幕府長崎海軍伝習所の三期生として長崎に赴きました。

―― 長崎において一年間西洋の軍艦操艦技術を学んで江戸にもどり、1858(安政5)年、厄介の身のまま幕府外国奉行所に召し出されました。

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こんな背景を御理解の上で、木内昇氏の日経新聞夕刊小説「万波を翔る」を読んでいただくとより多く楽しんでいただけると思います。

第9回目は以上です。同じ内容を、メールマガジンと、フェイスブックによっても発信しています。
また、日経ホームページによる、小説『万波を翔る』の紹介を御参照ください。
http://www.nikkei.com/topic/20170213.html

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年04月15日 12:19 |

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