生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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直木賞作家、木内昇氏による「日経新聞夕刊小説『万波を翔る』の主人公、雅号蓮舟 田辺太一(4)

頭書タイトルによる連載記事(今回は第4回)を続けます。昨日(2017/4/1)の日本経済新聞夕刊小説木内昇著『万波を翔る』は、第35回でした。これまでの「あらすじ」が載っていました。曰く「新設された外国方に用いられ、田辺太一は外国奉行・水野忠徳の下で外交事務に当たるようになる。程なくして日米修好通商条約が結ばれるも、事務方には子細も報されない。この現状に不満を抱いていた田辺太一に、英国との条約折衝の場に携わる好機が訪れる」と。

―― 田辺太一は、長崎海軍伝習所第三期生を卒業しました。三期生は安政4(1857)年でした。江戸に帰任したのが安政5(1858)年であり、直ちに幕府外国方に呼び出されました。御家人書院番与力だった兄孫次郎の「厄介の身」のままの奉公でした。
即ち、無給の務めであり、御家人次男としては、よくあるケースでした。しかし多くの御家人次男には仕事が無い中にあって、幕府の仕事があるだけでも幸せでした。
日米修好通商条約が締結されたのは、安政5(1858)年夏のことですから、この小説はそのころの場面から始まったことが分りました。

―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
では、前回(第3回)の続きを書きますーー。

幕臣としての田辺家は家格が低いと前回述べました。確かに田辺太一は、徳川将軍家「御家人」の家に生まれました。しかも次男です。一生兄の厄介者として過す他はない時代でした。出来の良い次男以下にとっては、養子になることが唯一とも言ってよい出世の道だった時代でした。

 ―― 御家人
 「旗本」は、将軍に直接拝謁を賜ることのできますが、「御家人」は直接拝謁が許されません。このことは、生まれた家の格によって、定まっていました。

 ―― お目見得
 将軍に直接拝謁を賜ることのできる人を「お目見得以上」といいます。大雑把にいうと、旗本はお目見得以上であり、御家人はお目見得以下です。

 ―― 田辺太一は御家人の、しかも次男ですから目見得以下であり、徳川将軍はとても遠い存在です。しかし後で述べるように異例の出世で「目付」になり、将軍徳川慶喜の面前に罷り出て「勝海舟」と対峙し、小栗上野介とともに慶喜に対して「対薩長」徹底抗戦を説きました。

―― 第4回目は以上です。同じ内容を、メールマガジンと、フェイスブックによっても発信しています。

日経ホームページによる、小説『万波を翔る』の紹介
http://www.nikkei.com/topic/20170213.html

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年04月02日 08:30 |

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