生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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直木賞作家、木内昇氏による「日経新聞夕刊小説『万波を翔る』の主人公、雅号蓮舟 田辺太一(12)

頭書タイトルによる連載記事(今回は第12回)を続けます。昨日(4/27)の日経夕刊、木内昇作『万波を翔る』の連載(第56回)でした。1859(安政6)年春、江戸千代田城内外国局の場面です。井伊直弼による苛烈な反対派粛清「安政の大獄」で心を痛める太一は、一方で外国局に召し抱えられて喜んでいます。同僚が、「結婚できる」と喜ぶ中、太一は「吉原に通える」と。

後年、「花柳界で『御前様』と言えば田邉太一か福地源一郎、『先生』と言えば、福沢諭吉か成島竜北を指した」と言われていますから、すでにこの頃から面目躍如です。

小説には記載がありませんが、扶持は切米30俵です。太一の辞令は、―― 私はまだ見ていませんが、―― 沼津市立明治資料館に一式揃っていると聞きいています。

太一は御家人の次男です。三年前に父親の御家人書院番与力田辺石庵が死に、跡目相続して、かつ、御家人富士見宝蔵番となった兄田辺孫次郎の厄介だったのですが、御家人外国奉行支配調役並として独立しました。
小説では、「書物方出役」となっていますが、従来の無給の「書物方出役」から、有給の「調役並」として召し抱えられたものと私は理解しています。いずれ前述した沼津市明治資料館で確認したいと思います。

それはさて置き、徳川将軍家においては、御家人次男は、一生「厄介」か、それがいやなら養子に出て、行った先の家格にあった立身を求めることしかできなかった時代です。それにも拘わらず太一は、独立して御家人として末席ながら幕臣になれました。それを可能にしたものは、徳川将軍家昌平坂学問所の学問吟味「甲種及第」したからです。

この連載をお読みになっておられる方々に、前回から引き続いて田辺太一と現在の京都市との繋がりを説明します。

―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
田辺太一の甥、太一が親代わりになって育てた田辺朔郎はさらに京都市に尽くしました。

― 第一疏水の成功をベースにして、第二疏水が計画されました。その際、これを中心として「京都市三大計画」が立案されました。即ち、①第二疏水、②上水道、③道路幅拡大による市電ネットワークの拡充でした。

―― これも大成功でした。因みに、「第一琵琶湖疏水」と「(第二疏水を含む)京都市三大計画」は、日本初の「大規模地域総合開発計画」と呼ばれています(電力中央研究所報告№578001(1978年))。

第12回目は以上です。同じ内容を、メールマガジンと、フェイスブックによっても発信しています。
また、日経ホームページによる、小説『万波を翔る』の紹介を御参照ください。
http://www.nikkei.com/topic/20170213.html

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年04月28日 07:56 |

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