生涯現役エンジニアブログ

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直木賞作家、木内昇氏による「日経新聞夕刊小説『万波を翔る』の主人公、雅号蓮舟 田辺太一(11)

頭書タイトルによる連載記事(今回は第11回)を続けます。先週土曜日(4/22)の日経夕刊、木内昇作『万波を翔る』の連載は、第53回でした。
場面は、年が変わって1859(安政6)年正月。すでに前年秋、井伊直弼による欧米列強との修好通商条約締結反対派の弾圧が始まっています。この年、弾圧が殺戮に発展し、後年「安政の大獄」と呼ばれるようになりました。

和蘭語を独学し、さらに長崎海軍伝習所の一年間で完全にマスターした田辺太一でしたが、「日英修好通商条約」締結の現場に立ち会う機会を通じて英語の重要性に気づき、福地源一郎に教えてくれと近寄ります。このときから福地は、―― 田辺太一より10歳も年少ですが、―― 生涯の友となります。

私田邉康雄は、田辺太一から祖父田辺朔郎が貰った田辺太一編述『幕末外交談(全)』(明治31年6月28日東京合資会社冨山房発行)(原本)と照合しながら楽しんでいます。

以下、この連載をお読みになっておられる方々に、田辺太一と現在の京都市との繋がりを説明します。

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東京遷都によって衰退した京都の復興は薩長新政府にとって喫緊の課題でした。なぜなら、衰退の原因が東京遷都ですから、放置しておくと民心が新政府から離れる恐れがあったのです。

―― 北垣国道は、伊藤博文、山縣有朋、井上馨、西郷従道、松方正義などの薩長閥の後ろ盾もあり、蛮勇をふるって第一期工事(第一疏水)を成功させました。第一疏水は、田辺朔郎が途中で設計変更した水力発電によって大成功しました。巨額の建設費を売電によって早期回収できる見通しが立ったのです。

―― 田辺朔郎は、第一疏水工事に際して旧幕府対薩長徹底抗戦四人組(田辺太一、榎本武揚、大鳥圭介、荒井郁之助)の斡旋により北垣国道に京都府職員として採用されました。

―― 紹介された北垣国道は、最初は半信半疑であったようですが、やらせて見たら存外によくやることが分りました。そこで2年後には工事部長に任命しました。

―― 朔朗は、期待に応えて首尾よく完成させ、北垣国道から、大きな褒美をもらいました。即ち、長女静子を嫁に貰ったのです。江戸時代でいうと、末席家臣が藩主から長女を嫁に貰ったようなものでした。田辺太一の同志、(北海道開拓使を通じて国道とも親しかった)文部大臣榎本武揚が結婚媒酌人の労を取りました。

第11回目は以上です。同じ内容を、「ツイッター」、「フェイスブック」、そして「メールマガジン」によっても発信しています。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2017年04月24日 09:58 |

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