生涯現役エンジニアブログ

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<岩倉使節団伊藤博文による工部大学校(東大工学部前身)設立> ~明治日本の産業近代化を支えた工学の導入~

これは一昨日(2015年6月16日)、琵琶湖疏水の田邉朔朗に関する講演を打ちました。その時持っていた原稿を開示申し上げます。

行数
1. 発表の場:米欧亜回覧の会(岩倉具視遣米欧使節団研究会)「歴史部会」
2. 今回歴史部会のテーマ:『岩倉使節団の齎した成果(光と影)を考える』
3. 日時:6月16日(、火) 13:30-16:30 
4. 場所:国際文化会館(東京麻布)404号室
5. 出席者:米欧亜回覧の会、会員25名
6.
7. <田辺の岩倉使節団情報との出会い>
8. 67年前の小学校5年生(昭和22(1947)年)の際、担当教諭から琵琶湖疏水に関してクラス発表を依頼された際に真下吾一著「小説:琵琶湖疏水」によって使節団の存在を知った。
9. 名古屋大学大学院教育学部教授加藤詔士と30年来情報交換してきた。先生は、日本の工学教育の歴史研究に関する権威者のひとり。御研究の中心は、おのずから工部大学校であり、同校設立に対する使節団の貢献を論じておられる(御研究報告多数)。
10. 祖父田邉朔郎が工部大学校土木科5期生(明治16年卒)、朔郎の義兄片山東熊が建築科1期生(明治12年)であり、身内の情報によって勉強してきた。特に、後述する朔郎著『石齋随筆』。
11.
12. <田辺の工学に関する縁>
13. 曽祖父(徳川将軍家講武所/洋式砲工学)、祖父(工部大学校=東大[工学部]土木)、父(東大[工学部]機械)、本人(京大院[工学部]化学)、長男(東大院[工学部]化学)、次男(東工大院[工学部]化学)、長女(早大院[工学部]建築)。親子5代「工学」で生活する一家。
14. 京都大学工学部で見聞きし、かつ、自分も経験した「徒弟制度」
15. 三菱化成・化学で化学品製造プラント設計エンジニアを30年。
16. 60歳定年退職後、化学品製造企業の品質/環境/安全コンサルタントとなり、現在に至る。
17.
18. <田辺が岩倉使節団と日本の「工学」に関して理解する所> 
19. 情報源:前述した田邉朔郎著『石齋随筆』・・・・・今回、コピー配布。
20. 長い間、使節団は欧米の科学技術の視察団だと思っていた。
21. 当初目的が、不平等条約改正であったことは、1995年頃、前述した名大加藤詔士先生の御研究論文によって知った。改めて石齋随筆を読んだところ、そのように書いてあった。
22. たまたま2001年に経産省から「技術者生涯教育」に関する調査を委託されたので、提出した報告書の「まえがき」に、岩倉使節団に遡る我国の工学教育の歴史と意義を解説した。・・・・・今回、コピー配布。お急ぎの方は、①~⑧の雲型で囲んだ部分を読んで頂くだけで歴史と意義が分かる。
23. 田辺が理解している所の「要約」は以下の通り。
24. 岩倉使節団副団長伊藤博文が訪英の際、嘗て長州ファイブの一人として訪英した際の知人英一商会のジャーディン・マセソンに、「工学を教えてくれ」と依頼した。
25. マセソンは快諾して産業革命の発祥の地、スコットランドのグラスゴー大学のランキン(熱力学の大家)を紹介し、伊藤は田邉太一、大鳥圭介とともにランキンを訪問した。
26. ランキンは、ヘンリー・ダイアー以下約20名の新進気鋭の教授を日本に出すことにした。
27. 伊藤は明治6年の帰国後直ちに工部大学校設立の準備に取り掛かり、手始めに工学寮を設立した。
28. <工部大学校>
29. 英文名:Imperial College of Engineering, Tokei・・・・・「帝国工科大学」
30. 開校「工学寮」:明治6(1873)年・・・・・岩倉使節団帰国直後
31. 工学寮⇒工部大学校(明治10年)
32. ⇒帝国大学工科大学(明治19年)
33. 初代校長:大鳥圭介・・・・・旧徳川将軍家臣、岩倉使節団随行員
34. 都検(学頭):ヘンリー・ダイアー・・・・・来日時(明治8年)24歳~15年帰国
35. 教育課程:6年制。基礎学問2年、専門学問2年、実習2年。
36. 教育方法:徒弟制度・・・・・教授が「親方」、学生が「弟子」
37. 授業言語:英語
38. 生徒の出自:ほぼ100%が武士、乃至武士の子。
39. 官軍賊軍の分け隔てなく入学させた。
40. 因みに明治16年卒田邉朔朗は賊軍(徳川将軍家臣)、明治12年卒朔郎義兄片山東熊は官軍(長州藩士)だった。
41. 明治19年に帝国大学に合されて工科大学(=工学部)となった。
42. それまで帝国大学理科大学(理学部)の卒業生(90名)よりも遥かに多くの卒業生(206名)を輩出して全国規模で工学実績を出した。代表実績は琵琶湖疏水(田邉朔郎)と国宝迎賓館(片山東熊)。
43.  
44. <工学の普及>
45. 工部大学校⇒帝国大学工科大学⇒東京帝国大学工学部⇒京都帝国大学工学部⇒東北帝国大学工学部⇒九州帝国大学工学部⇒北海道帝国大学工学部⇒大阪帝国大学工学部⇒名古屋帝国大学工学部
46. 旧帝大系大学の工学部における「徒弟制度」的な教授と学生の結びつきは、工部大学校の伝統を引き継ぐ。
47. 工学部:英文名はFaculty of Engineering。これは世界でも稀。
48. 日本のエンジニアは手が動く。これも世界で稀。工部大学校5~6年生の「実習」の伝統を引く。「もの作り日本」の底面を支える。
49.  
50. <日露戰爭の勝因となった工学>
51. ≪砲撃の命中精度と破壊力≫
52. 距離測定器:グラスゴー大学教授バー&ストラウス
53. 下瀬火薬:工部大学校卒下瀬雅允
54. 伊集院信管:海軍大佐伊集院五郎
55.
56. ≪情報収集力≫
57. 無線電信:帝国大学理科大学物理学科卒木村俊吉・・・信濃丸「敵艦見ゆ」
58. 蓄電池:島津源蔵・・・無線のための安定電源
59. シベリア鉄道建設工事調査:工部大学校卒田邉朔郎・・・開戦時期決定(明治37年2月)
60.
61. <大東亜戦争と工学>
62. 兵器:「100%」国産・・・工学の力で米国と4年近くも戦った。
63. 石油:禁輸によって止むを得ず開戦した戰爭だったが、石炭と甜菜からゼロ戦用ハイオクガソリンを製造して戦った。これも工学。
64. 緒戦の勝利(ハワイ海戦、マレー沖海戦)は、工学の勝利であり、この勝利によってアジアを米英蘭仏の植民地から開放した。アジア白人支配の流れを変えたのは、岩倉使節団による日本の工学だった。
65.
66. <岩倉使節団が無ければ・・・>
67. 日本の工学はなかった。
68. よって日露戰爭日本海海戦の勝利と、大東亜戦争における緒戦の勝利はなかった。
69. だから、イベリア半島からイスラムを追い落とした(レコンキスタ)時以来の白人の世界制覇は打破できなかった。
70. 「工学部」からノーベル賞はでなかった。工学部卒の受賞者は、福井、白川、野依、田中、根岸、赤崎、天野、中村。いずれも工学の成果。
71. 「もの作り日本」は無かった。
72.  
73. <田辺の歴史観>
74. 明治の文明開化は、徳川時代に蓄積した「基礎技術」の上に、西洋の「方法論」が乗っかって花開いた。
75. 岩倉使節団の意義に関しては、田邉朔郎の育ての親、田邉太一蓮舟の説を踏襲している。即ち、「幕末に締結した日米修好通商条約(資料添付)を初めとする西欧諸国との通商条約(特に第6条領事裁判権)は「不平等条約」ではなかった。それを「自分達が改定する」と意気込んで米国に乗り込んだ岩倉、大久保等には片腹痛い思いがする」と。
76. 幕末・明治の歴史に関しては、戊辰戰爭で官軍に抵抗した田邉太一蓮舟の子孫として「反薩長」史観を継承する。現在多くの人が信じている明治の歴史は、薩長官軍がねつ造したものが多いと思っている。明治政府は徳川「軍事」政権に代わる、薩長「軍事」政権だった。この説は、「柳営会」の講演会と機関誌によって発表済。
77. 吹田尚一先生の御説「松下村塾に始まり、松下村塾に終わった」に共感する。
78. 鎌倉時代初期に始まった武家であり、800年間主家を裏切ったことのない家に生まれたことに誇りを持つ(小和田和男監修『徳川家臣団~子孫たちの証言』(静岡新聞社出版部2015年4月発行)。
79. 男系男子125代の天皇陛下を戴く、国家として世界一の長い2675年の歴史ある日本に生まれたことに誇りを持つ。
80.
81. <田辺の歴史観に関係する加盟している関連機関>
82. 1)德川家臣団子孫の会「柳営会」正会員
83. 2)咸臨丸子孫の会正会員
84. 3)德川未来学会正会員
85. 4)德川記念財団賛助会員
86. 5)岩倉使節団随行徳川家臣団子孫の会会長
87.
88. <おわりに、歴史認識に関する持論>
89. 「正しい歴史認識」というものはない。ひとり一人が、自分の歴史認識を持ってよい。他人に自分の歴史認識を押し付けることは、不毛の議論を呼ぶ。
90. (完)

投稿者: 田邉康雄 日時: 2015年06月18日 12:55 |

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