生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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田邉康雄から・・・RM・安全健康・MS・・・生涯現役エンジニア/田邉(辺)朔郎(1)

さる201年の9/26、京都の鴨沂高校昭和30年卒同窓会(公式最終回)において、宴会前の「特別講演」をしました。以下は、講演要旨です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
京都市東山区蹴上のインクラインの上に右手に設計図をもった祖父田邉朔朗像が立っており、説明文に「工部大学校在学中に設計した」とある。この話に疑問を持ち、40年間調べてきたところ、すでに京都府知事北垣国道が設計完了した計画の「工事主任」として朔朗が採用されたにすぎないことが分った。採用の裏には、函館五稜郭に立て籠って最後まで薩長官軍に抵抗した「榎本武揚」等の動きがあった。

朔朗は国道が生野銀山等から集めた「トンネル作業員」をよく使いこなした。満足した国道は工事完成後に、榎本武揚を媒酌人として自分の長女静子(祖母)を朔朗に娶せた。

―― その後朔朗は東大教授を経て京大教授になり、土木科の鉄道工学を担当した。停年退職の際、京都市会から、市長就任依頼を受けたが、これを断り、「独立」土木/鉄道コンサルタントの道を選んだ。最大の成果は弾丸列車計画であり、これが現在の新幹線になった。

―― 朔朗の「生涯現役エンジニア」が田邉康雄の生き方の手本であり、三菱化学定年退職後に独立してRM・安全・MSのコンサルタントをやっている。しかし田辺家のDNAは朔朗を頂点として劣化しているので、成果は全く及ばない。しかし及ばずながら今、「エンジニアが生涯現役で社会貢献する枠組み」を普及しつつあり、これを完成して朔郎の下に行き、「よく頑張ってきた」と、頭を撫でてもらうことを夢見て頑張っている。

同級生の皆さん。共に「ぼけずに」100歳まで頑張ろう。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
以上が要旨です。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2015年01月04日 12:15 |

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