生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(80)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

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12月27日(つづき2)
このように同じ交通局員でも勤務地によって三十八度線の南と北では運命の大きさ相異に遭遇することとなってしまったのはやむを得ないことではあったが、それにつけても八月一日の交通局の機構大改正にともなう人事の大移動は大きな罪造りをしてしったということになる。この機構改正は終戦の四月頃から愈々朝鮮に上陸された場合に即応するため地方局の数を増やして各地から分断されても戦える態勢を整えることが考えられて居たのであったが、熟慮審議に時日を経過してしまったのか愈々実施されるに至ったのは八月一日であった。

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以下は私田邉康雄のコメントです。

「朝鮮に上陸された場合に即応するため・・・」
 と、父多聞は言っています。

大本営は、沖縄の次は対馬か南朝鮮への上陸と読んでいたようです。その証拠に、私が在釡していた昭和20年の4月には、通っていた小学校の校庭は、兵舎となっていました。街には戦車が走り、釜山港に空母が入港してきました。沖縄で大敗北していることなどまったく知らない小学生の目には、「堂々たる日本軍」と映りました。

―― 2月に米英ソ密約ヤルタ会談があり、ドイツが5月に降伏し、7月26日にポツダム宣言が発せられたのですから、もう趨勢は決まっていました。それを大本営は知っていた筈です。それにも拘わらず戰爭継続準備をさせられていた父達、朝鮮総督府の鉄道官僚達が可哀そうです。

―― 父は、京都へ引揚げ後、発刊される戦記ものを手当たり次第買って、むさぼるように読んでいました。中学生だった私は、父の書斎に潜り込んで読み漁りました。これにより同級生よりは早く、大東亜戦争の経過を諳んずるまでに知ることができました。
そして平均的な同級生とは異なる大東亜戦争観を持つことになりました。緒戦の勝利によって東南アジアから米英欄を駆逐した事実に基づいた戦争観です。高校生になった頃から、「日本が東南アジアを侵略した」ということを言う人が増えてきましたが、困ったことだと思っていました。

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―― 次回は(81)です。田邉康雄 後三回で連載を完了します。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年10月14日 14:46 |

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