生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(79)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
終りに、
 悪夢のような四か月であった。
僅々四か月ではあったが、先の見通しのつかない不安の毎日を過ごすことであるから一ヶ年にも及ぶような長い感じであった。
 釜山管内は三十八度線以北に比べれば勿論のこと、三十八度線以南でも奥地に比べれば内地に近く邦人の数も多い地区であっただけに平穏であった。朝鮮人の日本人に対する感情も悪くなく日本人が迫害を受けたり危害を加えられたりすることは例外的な尠い事例の外は無かったという事が出来る。独立や建国についての示威運動なども盛んなものは見られなかった。終戦後の無政府状態の混乱期に在ってこの程度で済んだというのは概して恵まれていたと言うことが出来る。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 以下は私田邉康雄のコメントです。

 これは父が後日(日記に)加えた感想です。

「悪夢のような四か月であった」
 と、父は言っています。
 悪夢のポイントは――。

 ―― 先の見通しのつかない不安の毎日を過ごすこと。
でした。

 決定権を、「昨日の敵」に委ねたままの毎日でしたから。米軍が「朝日新聞」等が煽ったような「鬼畜米英」ではなくて、紳士的であることに安堵してはいたものの、何時なんどき(方針が変って)米軍に拘束されるかも知れないという不安も有ったでしょう。

 それはさておき、
「釜山周辺地区では日本人に対する「迫害」「危害」は無かった」
 と、言ってます。

 釜山地区とは、釜山(慶尚南道)、大邱(慶尚北道)、光州(全羅南道)、全州(全羅北道)、大田(忠清南道)、清洲(忠清北道)のことです。

「独立や建国についての示威運動もなかった」
 とも、父多聞は言っています。
 これをもって、1945年8月15日に対日戰爭に勝利して独立を勝ち取ったと言っている韓国の言い分はまったく虚言であることを知ってください。

 大多数の南朝鮮半島の人々は、日本の一部として国が運営されていた「日本統治」に満足しておられたのです。強制連行による慰安婦などあり得ません。

「河野洋平」氏、「河野太郎」氏親子には日本統治時代の朝鮮半島をよく勉強してほしいと思います。勉強の仕方が分からないのであれば、私の本連載記事を読んでいただけるだけでもよいのです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―― 次回は(80)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年10月04日 10:46 |

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