生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(74)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

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12月26日(つづき)
夕刻五時半には米軍好意によるトラックが荷物を運ぶために官舎まで来てくれた。そして世話するため運輸部の将校がついて来てくれた。ライト中佐の命によって伺いましたという挨拶である。おかげでこの大型トラックに今日引き上げる一行の荷物を満載して桟橋の徳寿丸の船側に横付、堂々たる引揚することが出来た。

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以下は私田邉康雄のコメントです。

すでに第70回において紹介しましたが、現在私が所有している(母の嫁入り道具の)「桐製桑張り」箪笥は、「釜山帰り」です。それも敗戦後の「外地帰り」でした。

―― 当時、外地から内地への引揚者は「着の身着のまま」という時代で、それも帰国できた人は寧ろ幸運だったという時代です。この時代に、家財道具を一切合財内地の実家に持ち帰ったのですから、まさに奇跡でした。

―― 父は、日本国サムライ田邉朔朗の子として、堂々とした態度で米軍と対応しました。敗戦国の人間ではあるが、米軍にいうべきことは言い、要求すべきことは要求していました。この態度に米国の武人(サムライ)も、父をサムライとして遇しました。武士道は少なくとも日本と米国の間では通用していました。

「日本人名誉を背負って堂々と引揚げる」
 これが父の念願でした。

―― 何度もいいますが、ソ連に占領されなくてよかったと思います。なぜなら、スターリンに支配されていた、この時代のソ連の軍人が(日露戰爭時代の露国軍人のような)武士道をわきまえていたとは思えませんから。現に北朝鮮を占領したソ連軍には、武士道の「一かけら」も見られませんでした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―― 次回は(75)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年09月05日 21:00 |

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