生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

« 韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(71)。 | メイン | 韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(73)。 »

韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(72)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
12月25日
世話になった米軍関係各部隊に帰国の挨拶をして廻る。今日はクリスマスで軍人は宿舎で皆楽しそうに休養している。どこでもまあ一杯やれとすすめられた。缶詰のビールなるものを始めてここで知った。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
以下は私田邉康雄のコメントです。

「どこでもまあ一杯やれとすすめられた」
と、父は言っています。

これを見て、父多聞がソ連軍に占領された北朝鮮の平壌地方交通局に転勤になってなくてよかったとつくづく思います。

―― 私は、米国の「日本占領政策」に対して批判的であり、とくに二度と米国に戰爭を仕掛けないような憲法を押し付けたことには腹の虫が収まりません。しかし、もしも日本の一部、例えば北海道がソ連に占領されていたらと思うと背筋が寒くなります。そして米国に占領されたことは、まだ「まし」だったと思っています。

「缶詰のビールなるものを始めてここで知った」
と、父は言っています。
当時缶詰は貴重な存在でした。父はコーンビーフとか貴重な保存食物を缶詰にするものと思っていたのでしょう。この常識に対して「単なる水」に過ぎないビールを缶詰にして缶を捨てる米国の国力の差を父は痛感したでしょう。因みに私が缶ビールにお目にかかったのは、それから四半世紀も経た昭和40年台の中頃でした。

それにしても思うことがあります――。
敗戦後、外地から日本人が内地へ引揚げる際、「負けた側」が「勝った側」に「あいさつ」して廻った例があるでしょうか。私は寡聞にして知りません。この点で父田邉多聞の「堂々たる引揚げ」を高く評価します。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―― 次回は(73)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年08月16日 18:11 |

« 前の記事 | 次の記事 »

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)




youtue

京大OB・OGガイドブック

初回メール相談無料

エントリー検索

 

カテゴリー

アーカイブ

労働安全衛生マネジメントシステム

田辺コンサルタント著書の書籍紹介

商店街の街並み設計

田辺コンサルタント・グループ
代表取締役 田邉康雄
〒140-0014
東京都品川区大井6-20-6
TEL 03-3776-2495
FAX 03-5742-7695
お問合せフォーム

このブログを購読