生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(70)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
12月22日
釜山に於ける広島鉄道局営業所の所員は日本人20名、朝鮮人120名として作業を継続して行くが、その給与は賃金凍結のため広鉄として支弁ができないので朝鮮交通局の支給という形にして貰えぬかと相談あり。米軍の斡旋を依頼し都合よく解決。
釜山局としては正式帰国許可の出るのを待って一同揃って正々堂々と引揚げることとしたいと考えて居たが、そうも行かず、部課長幹部はもはや帰国心矢の如く、思い思いに帰国していった。局長だけは交通局を代表して残ることとし、正式許可を受けた上で関係各所に帰国の挨拶をして帰ることとした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
以下は私田邉康雄のコメントです。

ここには二つの重要なことが書いてあります。

その一つは、「米軍の力」です。「米軍の斡旋を依頼し都合よく解決」というのがそれです。
終戦後、4ヶ月経たこの段階においては南朝鮮は完全に米軍の支配下にあったことが分かります。日本には日本の政府があり、その上にマッカーサーのGHQが乗っかっていました。
しかし南朝鮮においては米軍が日本人を追い出し、追い出した日本人に代わって米軍将校が総督府の役職を継承していました。ですから南朝鮮人による政府はまだ存在していなかったのです。即ち、朝鮮総統府は、南朝鮮人の政府としては機能していませんでした。

二つ目は、力の強い米軍の意向にも拘わらず「部課長幹部は、思い思いに帰国していった」事実です。このことに対して米軍はとやかくいう立場にはありませんでした。なぜなら米軍は、父多聞に「在鮮日本人を早期に日本に輸送せよ」と命じているのです。ですから、交通局の局員であっても個々の日本人ですから、個々に帰国することは米軍の意向に沿った行動でした。
しかしそれでは朝鮮鉄道は円滑に運営できないということで、米軍もジレンマに立たされています。そこで米軍は、軍の鐡道部隊を投入していました。
この状況において父田邉多聞は――、

「釜山局長だけは全交通局を代表して残ることとした」
といっています。
釜山局は、朝鮮半島の南半分を営業範囲としていた地方局でした。その上部機構として京城の本局が存在していました。しかし本局の営業範囲の半分は北朝鮮であり、南朝鮮は釜山局の父がやっていましたから、本局はあってもなくてもよい存在になっていました。そこで南朝鮮を営業範囲とする釜山局の局長である父が、本局を代表して「堂々」と帰国すると決意したものでした。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年08月14日 07:41 |

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