生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(65)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
12月7日
日本人従業員がどんどん帰って行き残る朝鮮側従業員の方も未だ管理運営については体勢が整って居ないから到るところ運転事故続出である。ヒルトン中尉というのが来局、注意があったが、もはや我々の手ではどうにもならぬ。早く朝鮮人従業員に切換え機構を整備することだと答える。
十月から進駐している米鉄道部隊もこの状態ではなかなか引揚げられず、来年六月頃まで残留することになりそうだとこぼしている。この連中も戰爭から引続きの進駐で早く帰りたいのである。
本日京城より一般引揚の重病者のみ約千人集結輸送して來る。
本局においては残務処理者として田中、江崎、崎山の三課長が指名され他は帰国を許されたという情報來る。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
以下は私田邉康雄のコメントです。

「運転事故続出により、米軍より注意」と、
これに対して父田邉多聞は、

「早く朝鮮人従業員に切換えてくれ」
と、言っています。

そうでしょう。日本人は「もう朝鮮半島では生活が許さない」と戦勝国米国から言い渡されています。これを受けて日本人は、直ちに朝鮮半島における生業(職業)から離れて帰国しています。

―― ところが敗戦から4ヶ月近くも経たこの時期においても、総督府(南鮮)交通局の幹部職員は、踏みとどまって朝鮮人局員への引継ぎを「粛々」と実施しています。
すでに書きましたが、朝鮮半島の発展のために敷設した大鉄道網を、無傷で南鮮人に引き渡して立派に運営してもらいたいという思いが「粛々とした引継ぎ」の原動力でした。

―― 日本は(明治43年の日韓併合時)鉄道網が無かった朝鮮半島に、敗戦までの35年間で技術的には内地の鐡道をも凌駕する大鉄道網を敷設・運行しました。
国鉄総延長の1/3に達する、かつ、新幹線並みの広いレール幅の鐡道でした。日本の「弾丸列車(新幹線)」と対馬海峡トンネルで繋いて東京~北京間に特急が走る構想でした。

「早く朝鮮人従業員に切換えてくれ」という父の思いは、「この立派な朝鮮鉄道を、早く朝鮮人だけで立派に運営しくれ」という思いに同じです。

―― それにしても(技術的にも規模的にも)立派な鉄道網を(事故続出とは言え)敗戦後4ヶ月弱にして「曲りなり」にも朝鮮人だけで列車運行ができるようになったのです。これをどうお考えになりますか?

日本統治時代のことが、韓国によって「植民地支配」と言われていますが、こんなに大切な、立派な(戦略的)鉄道網の(運転士を含む)現場職員として早くから朝鮮人を採用していたのです。けっして植民地支配ではありません。日本は、朝鮮半島を日本の一部として同等に扱っていたのです。朝鮮人は日本人と同じ、天皇陛下の下で平等な「皇民」だったのです。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―― 次回は(66)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年07月26日 09:42 |

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