生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(60)。


~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~


釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
12月5日
本日二、五一六列車で主として本局関係者引揚げて來る。又この列車で引揚荷物の積出対策について本局より、石塚、三沢両氏來釡。

本日現在、引揚邦人(除軍隊)三十一万人
引揚朝鮮人(除軍隊)五十八万人
三十八度線以南残留邦人 五万二千人

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
以下は私田邉康雄のコメントです。

引揚荷物の積出対策として本局より、石塚氏と三沢両氏が釜山にきたと書いてあります。しかし「引揚者の荷物は釜山に残して去る」ことが、現地第40師団から命令されています。本局はこのことを知らなかったのでしょう。釜山港に残された引揚者の荷物は処分される運命にありました。

―― ところで父が言っている引揚者の数字をどのように思われますか?
この時点で38度線以南朝鮮半島から帰国した日本人は、31万人。それに対して内地(日本)から朝鮮半島(南)に帰還した朝鮮半島人は58万人です。
日本におられた朝鮮半島の方々は、敗戦後自由に半島に帰還できたのです。日本に残った方々は、御自分の意志で残った方々でした。

―― 私は思います。
日本統治時代において朝鮮半島の方々は自由に内地へ移住できたので、とくに日韓併合直後の半島の生活苦(李朝時代の後遺症)から逃れてきた方々が多かったと考えています。そしてその方々は、大東亜戦争敗時には半島に帰る場所がなく、日本に留まったと考えています。その方々が、在日朝鮮半島人(南北)であり、今になって「日本に強制的に連れてこられた祖先の子孫だ」と御主張されているのはおかしいと考えております。

―― ところで私が不思議に思うことがあります。
この時点で「三十八度線以南残留邦人5万2千人」と父は言っています。父が引揚げ輸送を完了してめでたく解職され、釜山を去るのは12月27日です。この5万2千人はそれまでに全員帰国したのでしょうか。それとも永久に朝鮮半島に残ると決意した人も居たのでしょうか。

個人的御事情は様々なので、朝鮮半島に残った日本人が「ゼロ」だとは考えられません。しかしその人達の「その後」に関しては情報がありません。もしもその情報をもっておられる方がいらっしゃったら、どうぞ御開示くださるようにお願い申し上げます。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―― 次回は(61)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年07月05日 10:58 |

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