生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(53)。


~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

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11月27日(つづき)
地方局派遣ルウィー大尉より、釜山駐屯第四十師団長 General Meyers が釜山地方交通局長に親しく話がしたいという意向だとのことを伝えてくる。何事だろうと右のルウィー大尉に案内されて出頭してみると、その庁舎は、確かに元釜山府庁舎であったものの二階の広い会議室の様なところに師団長室があって、面白いことに入口に近い秘書でもかまえて居そうなところに大きな机を置いてそこに座って居り、奥の方は広く空けてある。物腰鄭重なる好紳士である。初対面の挨拶をすると用件は埠頭に於ける側線の脱線事故の復旧を速やかに行うべきこと。石炭荷役能率が昇らぬから対策を講ぜよと。輸送を円滑に行え、と言ったところであったが、何一つ厳しい勢いで命令されるようなことは無かった。

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以下は私田邉康雄のコメントです。

米軍の師団長(第40師団)が、広い部屋の「入口」に座っていたことに父は驚いています。「まるで秘書が座っているようだ」と。

―― 事大主義(強いものには従う主義)の国においては、「強いこと」(権威)の象徴として「立派な家」、「立派な部屋」、「立派な机」、「立派な服装」などが珍重されるようです。しかし米軍においては「形式」よりは「実質」が重んぜられていたのでしょう。これは見習うべきことだと思います。

―― 話もどって、
四十師団長マイヤーズの用件は、①側線の脱線事故の復旧を速やかに行うべきこと。②石炭荷役能率が昇らぬから対策を講ぜよとの二つだけだったと言っています。
すでに釜山地方交通局長の地位は、米軍第40師団ライト中佐が継承しているので、ライト中佐(局長)に指示すればよいと思うのですが、鐡道運行に詳しくはないライト中佐では、局の組織が円滑には動かなかったのかも知れません。

「物腰鄭重なる好紳士である」
「何一つ厳しい勢いで命令されるようなことは無かった」
と、父は言っています。

敗戦直前まで釜山に集結していた大日本帝国陸軍の尊大な軍人と付き合っていた父には、戦勝国米国の軍人の態度が意外なものに感じたのでしょう。
父は、帝国陸軍と付き合うために、「陸軍少将」と同格というという身分を陸軍内で周知されていたと言っていました。それでも陸軍軍人の態度は「同格」とは見なしていなかったのでしょう。京都に帰って来た後も「帝国陸軍嫌い」の父でした。

因みに紹介します。

「沖縄の次は対馬だ」と、
大本営は予想していたのでしょう。昭和20年5月、私が通っていた小学校の校庭は兵舎となり、街には戦車が勇ましく走り、港には軍用船があふれていました。すでに書いたように航空母艦も居ました。その姿を見て「日本は強い。敗けることはない」と思っていました。

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―― 次回は(54)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年06月06日 21:08 |

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