生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(47)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

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11月16日
本局ハミルトン局長の初巡視。十一時地方局に来訪あり。局長は非常に温厚なるゼントルマンである。日本人従業員は今後どうなるかということは局員一同の最大の関心事であるので、まず局長を迎えて最初の当局よりの質問はこれであった。局長は之に答えて、いずれ日本人従業員は漸次朝鮮人従業員で置き換えることとする。最終には日本人は全部返してしまうとのことであった。これでいつまでも、足止めされる心配はなくなったが、さていつ頃帰れるかということについては米軍としても未だ全く見当ついて居ない模様であった。そこで私は日本人従業員は鉄道業務について強い愛着をもっている。自分達がここまで育てて来た朝鮮鉄道というものが、今後も立派に運営せられて朝鮮の新しい建国に寄与して行くようになることを念願しているのだということを陳述したところ、我々の心境をよく理解して呉れて極めて友好的な雰囲気であった。

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以下は私田邉康雄のコメントです。

ハミルトン局長というのは、朝鮮総督府交通本局大村本局長の後を襲った米国陸軍ハミルトン中佐のことです。陸軍中佐が、朝鮮総督府交通本局長を襲っていました。交通本局長と言えば当時の日本でいうと、鐡道省(国鉄)と運輸省(主として港湾・開運関係)を合せたような官庁でした。本局長は、日本の大臣相当です。それを陸軍中佐が引き継いでいたのです。戦争には負けたくないものです。

父多聞は言いました。
「我々が育てた朝鮮鉄道を今後も立派に運営せられて朝鮮の新しい建国に寄与して行くようになることを念願している」と。

この台詞は、「日本人が、朝鮮人を搾取していた」などと主張している人に聞かせてやりたい。また「日本人は朝鮮人を蔑視していた」と言っている人にも聞かせてやりたい。

―― 長年、Chine大陸の専制君主王朝「元・明・清」の朝貢国として搾取を受けて未開のままだった朝鮮半島を、植民地としてではなく、リスクを負って日本に併合した日本は、日本並の水準に引き上げるべく、精神誠意尽くしていたのです。
水田開発も行い、日本統治時代に年2000万石から4000万石以上の収穫量を得ました。これは、朝鮮殖産銀行の仕事であり、私の母方祖父、頭取有賀光豊の功績です。また朝鮮人資本を全朝鮮半島資本の1/10にまで育成しました。もしも、今の韓国の人がいうように、日本が朝鮮半島を植民地支配していたとしたら、このようなことはあり得ません。

未開の朝鮮半島に、日本内地の1/3の規模に達する「大」鉄道網を、日本が日本の資本を投じて完成したのです。

その一方で、米軍から
「日本人従業員は漸次朝鮮人従業員で置き換える」
「最終的には、日本人は全員、日本に帰してしまう」
と、聞いて父田邉多聞は「ほっと」しています。

そうでしょう。これまで人の支配を受けたことのない超エリート官僚です。その支配から逃げ出したいと思う気持ちはよく分かります。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
―― 次回は(48)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年04月28日 21:15 |

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