生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(38)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。 <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

 釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

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10月24日
 広島鉄道局長加賀山氏来釡懇談す。終戦後始めて内地国鉄幹部の来鮮である。釜山営業所を今後も今後も引続き国鉄側にて営業を続けたき従来通り希望で、米軍関係者に紹介して貰いたいとの希望で、ライト中佐に紹介する。米軍としても釜山における連絡船の重要性に鑑み従来通り日本国側於て運営するを適当とするということたになり、尚また当港の艀10隻を一時仙崎へ転用の件も承認せらる。同夜営業所駅長官舎にて加賀山局長の招宴を受く。朝鮮交通局は敗戦の結果日本側による経営は不可能になるが、釜山営業所は日本側の唯一の機関として残り得ることとなったのでその健闘を祈り激励した。

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以下は私田邉康雄のコメントです。
広島鉄道局長加賀山氏とは後の国鉄総裁加賀山之雄さんのことです。下山事件で有名な初代下山総裁の後を受けて第二代総裁になりました。1927(昭和2)年に東京帝国大学法学部を卒業していますから、1924(大正13)年に同大学同学部を卒業した父多聞の3年後輩に当たります。

―― 日本鉄道省広島鉄道局の釜山営業所が、日本側の唯一の機関として残り得たというのは、面白いと思います。私の想像ですが、関釜連絡船を朝鮮総督府交通本局と鉄道省とで共同運航していた関係ではなかったかと思います。

関釜連絡船の『崑崙丸』と『興安丸』が豪華客船として有名でした。前者は朝鮮総督府鉄道本局釜山地方交通局が、そして後者は日本国鉄道省広島鉄道局が所有・運行していました。いずれも大陸にある大山脈の名前をとっていたことに興味が引かれます。
因みに、崑崙丸は昭和18年10月に米軍潜水艦攻撃によって沈没し、多くの死者を出したことで当時知られていました。また、興安丸は戦後大陸からの引揚船として有名です。その時の引揚げ港は舞鶴でした。

―― 8月15日直後において「敗戦」ということばを使っていた多聞が、「終戦」ではなくて「敗戦」ということばを使っているのは不思議です。恐らく、このころになると「終戦」という言葉が普及してきたものと思われます。

「敗戦国の青年はそのような、ものの考え方をするのか」
と、多聞に何度か詰問されたことを思いだします。大学生時代のことでした。

「負ける戦争を始めたのは、父親の世代ではないか」
 と、心の中で叫んでいました。

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―― 次回は(39)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年02月28日 11:12 |

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