生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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<新年のご挨拶と国旗掲揚>  明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い申し上げます。

 旗を「久々に」掲揚しました。『村山談話』や『河野談話』によって少し弱くなりつつあった「国の誇り」を、安倍総理のお蔭で取り戻したものです。以下、我が家における国旗掲揚の歴史を紹介します。

 <国旗掲揚の歴史>
1. ~1945(昭和20)年:朝鮮の京城と釜山で掲揚していた。京都の父の実家ではもちろん掲揚していた。

2. 1946(昭和21)年~1952(昭和27)年:朝鮮から京都に帰った後、GHQ指令により国旗掲揚禁止の時代。父は嘆いていた。

3. 1952(昭和27)年:サンフランシスコ平和条約後、父は喜び勇んで国旗掲揚を再開した。次男の私は手伝った。京都大学大学院を卒業するまで手伝った。
4. 1963(昭和38)年:三菱化成(現化学)へ就職(川崎と北九州)した後は、独身寮で国旗掲揚があった。もちろん、会社でも掲揚していた。

5. 1968(昭和43)年:北九州で結婚した後、どういうものか国旗掲揚をしなかった。理由は分からないが、もしかしたら新婚生活(北九州と倉敷)を楽しんでいて国旗にまで気が回らなかったのかもしれない。申し訳ないことをした。

6. 1979(昭和54)年:(現在住んでいる)東京品川区に転宅した後、国旗掲揚を再開した。これは三人の幼い子供達への教育を強く意識しためだった。

7. 1989(平成元)年:長男が京都大学に入学し、その後次男が東京工業大学、長女が早稲田大学に入学して教育が終わったと感じたのでその後掲揚を怠った。

8. 今年2014(平成26)年:国旗掲揚を再開した。安倍首相に啓蒙されて再開したもの。同時に5人の孫への教育を強く意識した。

 本日(元旦)夕刻から1月3日午後まで、(孫5人【男子2名+女子3名】を含む)家族全員12人が我が家にそろいます。この場を孫5人への教育の機会とします。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2014年01月02日 12:01 |

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