生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(8)。


~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
<日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

 以下は、前回の内閣官房参事官による査察報告です。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昭和19年5月2日
        山田秀三
釜山
 田辺局長閣下

前略
其后の御努力に依り非常な成果の挙り候事、各方面よりの通報により承知、只々感謝の外無之、御国の為慶賀に堪えざる処と存上候。
荷役の進行も何よりと存候、又機関車の利用効率向上への御努力は並大抵のことに非ず、御成果に対し総理大臣も殊の外のお喜びに候。この大輸送の目標は船舶の節約と輸送能力の向上に有之ものと存ぜられるに付いても御努力に依り第一着手甚だ見事に有之、山下査察使も書記官長に御話の際先幸を御祝有之候。
何卒御努力に依り高堂最初よりの御関係の此の事業を完成せらることを邦国の為衷心祈居候。
何卒貴部門の方々にも機に触れ宜敷御鶴声あられますことを願上候(後略)。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
査察結果を「総理大臣が喜んだ」という記載があります。これが正に「朝鮮は日本の一部として運営していた」との証拠でございます。
なお、父親は「閣下」と呼ばれていますが、高等官二等待遇の「勅任官」でしたのでそう呼ばれていたものでした。軍隊で言えば少将、中央官庁で言えば局長が勅任官でした。
父、多聞の前置きはつづきます。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 釜山港は朝鮮総督府の全能力を挙げて海陸運輸荷役作業の強化につとめた結果、一時は労働者の数一万二千人を超えるという人海作業態勢を整え、略々要請に近い輸送を遂行し得たのであったが、昭和20年を迎え船舶の不足は日にみえて著しくなって行き、釜山の滞貨は増える一方であった。こうした末期的な症状の中に、三月一日には待望の京釜京義の複線全通式が釜山の鐡道会館で盛大に挙行された。最後には満鉄の大連奉天間の複線をはずしてまで京釜京義の複線の完成を急いだのであったが、この朝鮮縦貫幹線の複線化ということは吾々朝鮮鉄道従業員が長年の間、一時も忘れることなくその実現を夢みていたのであったが、敗戦の色も愈々濃くなったこのときになって完成したことは参列一同、無量の感慨であった。

内地との間の一般交通は、連絡船は関釜、釜博とも昭和20年3月の末までにはどうにか、毎日定期運航を続けてきていたのであったが、内地のB29による爆撃が益々激烈になるに連れ、この頃になると港湾に対する機雷投下が激しくなり、下関、博多港は3月29日の大挙来襲により機雷のため出入港不能となるに至った。その后掃海につとめたのであるが、次から次へと投下されるので追いつかず、その后約1ヶ月間、四月末まで運航杜絶するに至った。
以下当時の日記を抄録する。                                         

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 以上が多聞の前置きであり、多聞が言っているように日記が以下(9)につづきます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2013年12月14日 07:29 |

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