生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(26)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月24日 
 終戦後始めて内地より当分の間託送荷物の内地へ積出は一切禁止となる。9月26日より38度線以南に在る日本軍隊を一日4000人宛釜山経由内地へ送還するよう米軍の輸送指令に接す。米第40師団主力、米軍用列車第2,002列車釜山に進駐。この列車2時間遅延。米軍鉄道輸送主任ライト中佐地方局へ着任挨拶に来訪。この日初めてこの人に会ったが、この人は我々交通局員に対して極めて友好的態度であり、爾来釜山に於ける業務はこの人を通じ非常にやり良くなった。この頃から日本軍隊帰還輸送を完遂するため釜山ホテルロビーに於てライト中佐主導の会報が毎日行われることとなった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
 以下は私田邉康雄のコメントです。

 朝鮮進駐米軍の最優先事項は、当然大日本帝国陸軍の朝鮮軍「解体」でした。具体的には軍人を武装解除して朝鮮半島人はそれぞれの半島内故郷へ返し、内地人は内地へ送還することでした。いわゆる復員です。ですから釜山地方局長だった父多聞の最初の仕事は、この内地への「復員軍人輸送」でした。
 私はこの項を読んで、ホッジ中将指揮下米第24軍の第40師団ライト中佐が、父親多聞のポストを継承したことを知りました。そして父親は、任務遂行のためいつ日本に帰ることができるか分からない状態であったことも知りました。

 ―― 話が変わりますが、ここで半島北部に進駐したソ連軍との比較を試みます。ソ連軍が最初に実施したことは、半島北部海岸「興南」に立地していた「朝鮮窒素」の工場からアンモニア合成設備を取り外してソ連に持ち帰ることでした。このことは当時興南工場内の、とあるプラントの課長を拝命していた宗像英二から聞いたものです。
 宗像英二は田辺家の遠縁に当たり、私と妻智子は英二の自宅で「見合い」をしました。そして下仲人と正式仲人の両方をやってくれました。後年英二が日本原子力研究所(現独立行政法人日本原子力研究開発機構)の理事長をしていた時のことです。英二は漁船をチャーターして興南から38度線を越えました。その際、海岸から鉄砲で射撃され、鉄砲玉が「ピュン、ピュン」と飛んできて危うく逃れたそうです。

「米軍でよかった」
 と私は胸を撫で下ろしています。母方祖父、有賀光豊が社長をしていた高周波重工業株式会社(現日本高周波鋼業と高周波熱錬)の朝鮮半島内城津工場は、より北で国境豆満江に近く、ソ連侵攻の被害が大でした。野村豊二工場長は、工場設備と共にソ連に連れ去られて永久にもどってきませんでした。
 戦後満州軍を解体した「ソ連」は日本の軍人を武装解除し「内地送還」せずに「シベリア送り」にして強制労働させたことは御存じの通りです。ソ連と米軍とを比較して、日本が米軍単独で占領されたことに対して神様仏様に感謝しています。

 ―― ソ連に関連して想いを巡らします。
話が飛躍しますが、米軍に対して圧倒的優勢を誇っていたミッドウエイ海戦(1942年6月)における、参戦した四空母とも全艦撃沈されたという「ぶざま」な敗戦Iは、まったく腹が立ちます。指揮官(山本五十六連合艦隊司令長官と南雲忠一空母機動部隊指令長官)に対して腹がたっているということです。しかし逆に、もしも敵空母「ホーネット」「エンタープライズ」「ヨークタウン」の三隻全艦を撃沈し、当方の「赤城」「加賀」「飛龍」「蒼龍」が無傷だったとしたらどうでしょう。その場合私は、日本の敗戦が少なくとも半年は遅れたと思います。

 ―― 想像をつづけます。
ソ連のスパイ「ゾルゲ」情報により、日本の満州軍対応ソ連の大戦車軍団はヨーロッパ東部戦線に向かい、すでにスターリングラードの大戦車戦が開始(1942年6月)されつつありました。ですから、ミッドウエイ海戦に勝ったからと言って、独ソ「戦車戦」の勝敗を左右する要因にはなりません。
 結果として1945年5月のドイツ降伏は、動かなかったでしょう。すると、ソ連は日本に参戦してきます。現に日ソ中立条約を一方的に破棄して長崎原爆投下の日、8月9日に朝鮮半島とソ連の国境である豆満江を超えて日本領朝鮮半島に攻め込んできました。

 ―― ここから先は「悪い夢」です。
 ソ連は「全」朝鮮半島を占領します。「全」北海道も占領され、本州は遅れてやってきた米国とで二分されます。イギリスとフランスは、九州と四国を求めます。よって日本列島は、ドイツのように、ソ連、米国、英国、フランスによる分割占領地と同様になります。もちろん国体(天皇制)は否定されます。
 あたかも幕末における米、英、仏、ロシア包囲網が首尾よく日本武力占領を成功させたような状態にもどってしまいます。東南アジア諸国の英国、フランス、オランダからの独立はなりません。インドの英国からの独立もなりません。Chinaは連合国の一員として生き残ります。その結果、「黒船に対抗して尊王攘夷を旗印に掲げ成功した明治維新は何だったのか?」というところにまで歴史が約80年近くも逆戻りしてしまいます。

 ―― 悪夢から醒めて、・・・。
ミッドウエイ海戦はくやしいけれど、「完敗してよかった」と。神風が吹いて、そして、偶然に偶然が重なって負ける筈のない戦いに完敗したと。このように古来、日本列島を守ってくださる「八百万の神々」に感謝しております。

 歴史に「もし、・・・」はないので、以上の悪夢は意味がありませんが、悪夢を見ることによって「今の方がましだった」と思い、精神的安定を得る私の「自分コントロール術」の一端を、父多聞の日記に関連して開示しました。

 ―― 次回は(27)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2013年12月14日 12:51 |

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