生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(24)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

釜山に住んでいた父田邉多聞の、終戦直後の日記です。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
9月19日
 連絡船は現在運航中の興安、徳寿の外に更に本日雲仙丸が舞鶴から廻航されてくる。
9月20日
 鉄道電話故障で用をなさず。米軍より至急修理を命ぜられ資材技術員の不足で対策に窮す。甘州丸本日入港。この頃より内地より帰還する朝鮮人の数急激に増加し釜山埠頭は奥地行旅客のため雑踏を極める。
9月21日
 平壌地区より松浦運転部長脱出し来り始めてソ連地区の状況を知る。米兵の中には釜山構内に在る貨物の封印を切り中に在る引揚者の荷物の衣類などを付近にいた子供達に面白半分与えため付近の部落民が大挙して貨物を襲うに到る。
 内地行の託送手荷物の連絡船への積込はこの頃まで禁止せられておらず、その荷役作業も黙認されていたが、朝鮮治安隊により荷役を差止められるという事態が起こって来た。又米軍より埠頭に於ける荷物の整理や清掃につき厳しい命令が來る。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
以下は私田邉康雄のコメントです。

「内地より帰還する朝鮮人の数急激に増加」とあります。これは主として「戦時徴用工」の帰国だと思います。募集に応じた朝鮮半島人を内地の軍需工場で働いてもらっていました。しかしよく言われるように「首に縄をつけて強制的に連行してきたのではありません。満足の行く額ではないにしても給料を支払っていました。明治時代からの法治国家です。「拉致してきて強制労働をさせる」など、そんなことができる訳はありません。そんなことを今の韓国から言われても信じないでください。

 ―― 当時の朝鮮半島にも軍需工場は存在しました。とくに朝鮮半島北部の日本海側は電力や地下資源などが豊富だったので東洋最大のアンモニア合成工場「朝鮮窒素」などが立地していました。ですからここで戦時徴用工として働く道はありました。
 因みに私の母方祖父有賀光豊は、朝鮮殖産銀行(現韓国産業銀行と北朝鮮中央銀行)頭取のまま、「高周波重工業」(現日本高周波鋼業と高周波熱錬)という特殊鋼をつくる軍需工場をオーナー社長として朝鮮半島北部日本海側で経営していました。

 ―― 韓国は今になって補償をもとめています。しかし戦時徴用工に関しては日本人と朝鮮半島人の間に条件の差はありませんでした。なぜなら半島人も内地人も同じ日本人だったからです。韓国人が補償を求めるならば、当時戦時徴用された内地人も補償を求めなければなりません。

 ―― 私の従妹大澤貞子は当時京都に住んでおり、同志社女学校に行っていましたが、女子挺身隊として三菱の戦闘機部品工場で勤労奉仕していました。男子中学生も、もちろんのこと勤労奉仕に出ていました。
私も小学校の時に勤労奉仕にでました。先生に引率されて山に登り、松の切株から「松の根」を掘り出しました。代替ガソリンを絞りだすためです。以上述べたような様々な勤労奉仕で日本政府に対して補償を求めるようなことは誰もしていません。
 非常時の日本としては当然の勤労奉仕ですから。そして朝鮮半島も日本人だったのですから。内地日本人とほぼ同等の選挙権を与えられているに日本人でした。多くの朝鮮半島の人は、日本人として大東亜戦争を「戦友」として共に戦ったのです。朴槿惠大統領の父親である朴正煕大統領が良い例です。

 ―― 先週兵庫県朝来市生野に行ってきたことはすでにこのFBで紹介しました。一連の用件が済んだ後、生野銀山「廃坑」を見学しました。その帰路のタクシーの運転手さんは言いました。「戦時中多くの朝鮮人が『強制労働』で来て働いていたが、終戦と同時に帰国をはじめた」と。これが平均的な日本人の御理解だと思います。
日本人が『強制労働』と表現するので、韓国が強制労働に対する補償を持ち出すのだと思います。運転手さんに「強制労働ではない」と説明したかったのですが、乗車時間が少なかったことと、信じ切っている運転手さんに真実を理解してもらう話術に自信がなかったことも有って後ろ髪をひかれる思いでタクシーを下車しました。

 ―― これが良い例ですが、今の「悪化した」日韓関係は、日本人が、日本の朝鮮半島の「植民地支配」を信じて「反省」しているのでその「反省」に韓国側から一方的に付け込まれているものです。多くの愛国日本人が自分の愛国心に反し、事実を知らないが故に結果として「反日」になっている事実を悲しく思います。
私は『朝鮮半島二世』である「生き証人」の立場から、「植民地支配はしていなかった」事実を、このFBを通じてできるだけ多くの方々にお伝えしたいと考えております。これにより、日韓関係改善の材料になればこれに過ぎた喜びはありません。

 ですから、多くのFBフレンドの方にこの投稿をシェアしていただき、「植民地支配をしていなかった」事実を「拡散」して頂きたいと希望しております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 ―― 次回は(25)です。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2013年12月14日 10:56 |

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