生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(13)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

以下は父釜山に住んでいた田邉多聞の、敗戦直前における日記です。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
7月4日。
大田管内空襲、京釜線鉄道橋梁及び金泉駅被害者を受けた。
7月7日
このところ暫く内地との運航杜絶であったが久しぶり本日興安丸入校する。
7月12日
釜山港、投下機雷のため使用不能、天山丸馬山に入港する。
7月14日
夜半釜山に敵機5~6機来襲機雷投下。
7月16日
興安丸 蔚山に入港。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この頃内地は、地方都市までがB29による焼夷弾爆撃の目標にされ民間人が殺戮の対象とされました。釜山も「お待たせしました」とばかり、確かに空襲の対象にはなりましたが、B29による焼夷弾爆撃ではなく、アベンジャーなど空母艦載攻撃機による機雷投下でした。つまり日本の文字通り生命線であった大陸からの輸送力をゼロにすることが目標だったのでしょう。輸送力維持を担っていた父多聞の仕事は命がけでした。

―― 日本の大都市・地方都市が壊滅したのに対して、朝鮮半島の都市は、京城や釜山などの大都市を含めて無傷でした。日本が「楯」となって朝鮮半島を守ったとも言えます。日本が意図的にそうしたのではないにしても、結果として朝鮮半島を守ったという事実は残ります。少なくとも大東亜戦争のために破壊されたという事実はありません。

―― 朝鮮半島が破壊されたのは「朝鮮戦争」です。この時、徹底的に破壊されました。南鮮が軍備を怠っていたので、北鮮から攻め込まれたものです。一時は釜山まで追い詰められましたが、米軍の仁川上陸によって、さらにはB29の援護の下に北鮮陸上部隊を中国国境まで追い返しました。しかし義勇軍と称する中国軍が参戦し、さらにはソ連の初のジェット戦闘機ミグ15(パイロットはソ連軍人)が参加してプロペラのB29が劣勢に立ちました。しかし又、米国初のジェット戦闘機F-86が参加して制空権を確保したという歴史があります。この間、半島は蹂躙されました。

―― 朝鮮戦争は「実質的」に米国と中国・ソ連の戰爭となって最終的には「塹壕戦」となって戦線が膠着し、現在の停戦ラインになりました。この間約三年、私は中学2年生から高校1年生でした。なお、停戦協定は、「実質的」に米国と北鮮(実はソ連)・中国の間で締結され「韓国」は関与していません。これにより、朝鮮半島人の「他人任せ」の国家観が伺われます。朝鮮半島が他人任せでは日本の安全が脅かされるという危機感から、日本が統治したものです。それを「植民地支配」と呼ばれては困ります。

余談ですが慰安婦問題において、「悲惨な戦争」の思い出として大東亜戦争のことを言っていた人は、実は朝鮮戦争だったという話を最近聞きました。半島の人にとって「悲惨な戦争」とは、朝鮮戦争なのです。

以下(14)につづきます。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2013年12月14日 07:50 |

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