生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(12)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

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6月27日より7月2日まで
阿部総督の南鮮巡視に随行する。この前后、鶴橋駅米艦載機の銃撃を受く。麗水で総督は随行一同を慰労し冨士屋で一夕の宴を開いてくれたが、その際総督は当時容易に一般の口に入らない鮮鯛の汐焼を大皿に盛らせ、これも貴重品であった酒を熱燗にして惜しげもなくその大皿の鯛の上に注いで、一同に鯛はこうして食べるのが一番旨いのだと勧められたのには、その頃豆粕さえ食べさせられていた窮乏生活の中で何と馬鹿げたことをする総督だと、あきれてしまったものであった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
以上の父多聞の日記に対して私がコメントします。

多聞は総督府の局長ですから、阿部総督(写真)は上司です。さらに阿部総督は陸軍大将でした。戦時下において絶対的な権限です。それにも拘わらず「あきれてしまった」と批判しているところが興味深いです。後ほど、さらなる批判が出てきます。楽しみにしてお待ちください。

ところで、朝鮮総督は朝鮮軍を統括する任務も帯びていました。ですから陸軍大将が総督になるとの暗黙の了解があったと思われます。確かに歴代九代の総督の内、海軍大将齋藤實を除いて全員陸軍大将でした。歴代の名前を列挙すると以下の通りです。①寺内正毅、②長谷川好道、③斎藤實、④山梨半造、⑤斎藤實(再任)、⑥宇垣一成、⑦南次郎、⑧小磯国昭、⑨阿部信行の諸大将でした。

この内、寺内大将、小磯大将、斎藤大将は朝鮮総督の次に日本国総理大臣になりました。阿部大臣は、総理大臣を務めた後に朝鮮総督になりました。宇垣大将は陸軍の反対にあって流れたものの、天皇陛下から組閣の大命が下りました。これで御分かりのように、朝鮮総督は総理大臣とほぼ同格の要職でした。

私は、「英国のインド総督が、英国首相とほぼ同格の要職であった」という話は寡聞にして聞きません。これをもってしても、日本が朝鮮半島を「植民地支配」していなかったことを分かっていただけると思います。朝鮮半島は日本だったのです。これに対してインドは英国ではなかったのです。

繰り返します。日本は朝鮮半島を「植民地支配」していません。次回は(13)につづきます。田邉康雄

投稿者: 田邉康雄 日時: 2013年12月14日 07:45 |

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