生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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韓国は日本と米国の支援によって円滑に独立できました(11)。

~ マッカーサー配下の米軍は、日本の官僚制度をそのまま韓国に引き継がせた。
  <日本は朝鮮半島を「植民地」として「支配」は、これをしていません>
           ~ 「植民地支配」の否定 ~

以下は釜山に一人で残った父親の記録です。一人といっても用務員1名、女中1名、隣家に秘書官夫婦、少し離れて公用車の車庫と運転手夫婦がいますから、日常生活には不足はありません。
余談ですが、この時期の公用車は燃料としてカーバイトを用いていました。廃棄汚泥の中のまだ新鮮な塊をもらって兄とともに土盛頂上に埋めて水を掛け、マッチで火をつけて「富士山噴火ごっこ」を楽しんだ思い出があります。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
5月上旬より
南鮮海面は連日警戒警報が出るようになる。
5月14日
博多港再び機雷のため入港できずこのため今朝の釜山港は金剛丸、天山丸、景福丸、徳寿丸、壱岐丸、対馬丸の六隻在港という奇観を呈す。
5月15日
釡博航路復活、下関港は依然使用できず。
5月27日
金剛丸博多で遭難。
本日迄、4月29日より約一ヶ月間どうにか毎日連絡船の運航が続けられてきたが、本日の金剛丸遭難で再び連絡船欠航となる。
5月29日
博多港の代わりに仙崎港を使用することとなり、第一船として徳寿丸本日出港、その后は七月上旬まで一ヶ月間仙崎又は博多と釜山間に運航をつづけることとなったがもはや二日又は三日に一回の運航となる。
6月2日
釜山操車場竣工式
6月15日
 埠頭機関区新設

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
釜山操車場竣工や埠頭機関区新設など沖縄も落ち、南方補給路が遮断され、日本の「生命線」は奥地(朝鮮半島北部や満州のこと)に頼らざるを得なくなったこの時、鮮鉄に掛けられていた国の期待が大であったことが伺われます。しかし遅すぎました。連絡船が動かないのですから。

 前回(11)において引揚げの際に乗船した船は徳寿丸と書きました。しかし違いました。この欄で「博多で遭難」と書いてある金剛丸であることを思いだしました。思い出したポイントは、①博多では、船が大きすぎて岸壁に接岸できず、沖に停泊して艀で埠頭に向かったこと、そして何よりも、②後日乗船した船が沈没したときいたことの二点です。
つぎは(12)へ続きます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2013年12月14日 07:41 |

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