生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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京都の命の水、琵琶湖疏水の設計者、田邉(辺)朔郎とそれを命じた正二位男爵枢密顧問官北垣国道が義理の親子 ― 子孫が語る(17)

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明治天皇が東京へお移りになった時、明治の薩長政府は10万円(現在の1000億円)の下賜金を京都市に与えました。これが二十年を経て元利合計が40万円(現在の4000億円)になっていました。これが元々の財源でした。

―― 北垣国道は、これで琵琶湖疏水工事を賄おうという魂胆ですから、給料の高い、工事に安全を大きく見込む外国人には頼めなかったものです。それがデレーケの横槍で125万円に修正されました。修正に対して国からは、20万円しか出ませんでした。

―― 不足分は、65万円です。この不足分を京都市民から取り立てました。地価割、戸数割、営業割だけでも25万円徴収しました。公債を20万円市民に買ってもらいました。京都府の予算から20万円出しました。即ち65万円を京都市民が負担したのです。今の価値で言うと、6500万円を新たに負担したのです。

―― 税の取立てで困窮した市民の不満は大きくつのり、逃亡者もでました。「こんど来た餓鬼極道」と市中に落書きされました。来た餓鬼極道は「きたがきごくどう」と読み、「北垣国道」のことです。田邉朔郎は「若僧」と罵られました。

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投稿者: 田邉康雄 日時: 2011年12月02日 21:10 |

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