生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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田辺(田邉)太一蓮舟のつぶやき 翁の著書:幕末外交談から(2-25)

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<父親の素性>
父石庵は尾張の人であり、元は村瀬誨輔といった。徳川尾張藩の藩校明倫館において秦鼎に漢学を学んだ儒者だった。村瀬の名で上梓されている書籍が少なくない。後に江戸に遊学した際、雑学者田邉貞斉に養われて田邉姓に改めた。頼山陽と親しく交友があり、彼が日本外史を書くときに、父石庵に種々の調査依頼をし、その問合せ書簡が甥の朔郎家に保管されている。

<甲府代官の娘と結婚>
父石庵は幕府の昌平坂学問所の教授方出役となった。程なくして幕府直轄地甲斐の国の学問所、甲府徽典館の学頭となった。15歳の私は父に誘われて徽典館へ同行した。後年教授になった。この時の縁で清兵衛の娘己巳子と結婚した。己巳子の兄は、荒井郁之助であり、以後戊辰戦争まで共に幕府のために働いた。親戚縁者の絆で世の中を動かしたのだ。

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投稿者: 田邉康雄 日時: 2011年11月09日 07:01 |

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