生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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田辺(田邉)太一蓮舟のつぶやき 翁の著書:幕末外交談から(2-20)

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ペリー来航と地震襲来に関して田邉太一はつぶやく。
<安政一回目と二回目の大地震>
安政年間に三度も江戸近辺に大地震があった。これは痛かった。第一回目は、1853年(嘉永6)年3月11日の小田原地震(M6.7、死者24名)。ペリーが浦賀に来航したのは、約4ケ月後の7月8日だった。二回目は一年後の1854年(安政1)年12月23日の安政東海地震(M8.4、死者2000~3000名)だった。下田に来航していたロシア軍艦ディアナが大破し、後に沈没した。

<安政三回目の大地震>
三回目は1855年(安政2)年11月11日の江戸大地震(M6.9、死者2000~3000名)。米国総領事ハリスが来日する前年だった。ペリーと日米和親条約を結んだ翌年、ハリスが下田に来る前年だった。この江戸直下型安政大地震は幕府にとって痛かった。太平の眠りを覚ましたのは、ペリーではなくて大地震だった。前後三回の大地震によって幕府の力が削減された。

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投稿者: 田邉康雄 日時: 2011年11月04日 07:36 |

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