生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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京都の命の水、琵琶湖疏水の設計者、田邉(辺)朔郎とそれを命じた正二位男爵枢密顧問官北垣国道が義理の親子 ― 子孫が語る(10)

前ブログからつづきます。しかし話の流れを少し変えます。このブログを書いている最中にうれしいことがありました。東大教授山内昌之先生が曽祖父北垣国道と祖父田邉朔郎に関する記事を書いてくださいました。

―― 産経新聞の本日(2011年11月24日)と先週((2011年11月17日)の記事です。北垣国道のタイトルは「革命家から琵琶湖疏水の父」。そして田邉朔郎は「京都と北海道を開いた恩人」です。二人が娘婿、岳父の関係にあることが紹介されています。私が今書いているブログのタイトルそのものです。

―― 祖父田邉朔郎が岳父北垣国道の誘いに応じて帝国大学教授のポストを捨てて北海道庁鉄道部長を引き受けたことを私は立派だったと評価しております。このことはすでに拙著「びわ湖疏水にまつわる、ある一族のはなし」の中で紹介ずみです。平成の今、たとえ請われたとしても、東大教授を捨てて北海道庁の部長として赴任する先生がおられるでしょうか。

―― このことに対して東大教授山内先生も言われます。「内務大臣兼台湾総督だった児玉源太の陸軍参謀次長への降任ほどではなくても、格下げの感もある人事であった。いずれにせよ、必要とされる場所に屈託なくでかける明治初期の逸材たちの姿には頭が下がる」と。

次ブログへつづきます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2011年11月25日 07:46 |

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