生涯現役エンジニアブログ

生涯現役を保つには何が必要か。齢70、自ら実践している筆者が失敗例を交え生涯現役エンジニアの実例を見せ、また新資格制度を提案します。

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田辺太一蓮舟のつぶやき―翁の著書:幕末外交談から(1-2)

前のブログからつづきます。

―― 田邉太一と筆者田邉康雄の繋がり
筆者は太一の甥、朔郎の孫です。太一には子がなく、その養子にも子がなかったので田邉太一家は断絶しました。

しかし現在、田辺家には太一の兄の子孫が34名生存しています。そして太一の遺骨は、田辺家墓所(東京青山)に埋葬されています。
現在筆者は、太一の養子の屋敷跡(品川)に住んでおり、以下の三件の太一の遺品を所持しています。即ち、①幕末外交談の「初版本(稀本)」、②「蓮舟遺稿集(未公開本)」、並びに③「ペリー日本遠征記原文(稀本)」です。
筆者は、太一とは五親等の関係にありますから、2の5乗=32の逆数、即ち1/32のDNAを田邉太一と共有しています。

―― 幕末外交談
これは1898(明治31)年に発売された田邉太一の著書です。徳川幕府外国奉行所と明治政府外務省の両方に奉職した、我が国「外交官僚第一号」の太一が外務省を退官した後で書いたものです。

漢文の素養豊かであった太一が書いたものですから、格調の高い文章で書いてあります。これを坂田精一という方が、平易な現代文に翻訳されて東洋文庫から1966(昭和41)年に出版されました。

筆者も発売直後に購入。しかしこの翻訳文を読んで落胆しました。なぜならば、坂田さんの翻訳文では、国家のために命を賭けた太一の「憤懣やる方なき思い」が伝わってこないのです。薩長土肥政府が歴史を捏造したことに対する太一の憤懣が伝わってきません。
とくに太一が打った強調文のルビが完全に省略されています。このことも含めて「原文のままにしておいて下さった方がよかった」と、子孫のひとりとして残念に思っています。
しかし太一が章立てした53項目の各項目の後に設置した膨大な「注」と、第一巻の末尾に記載されている「解説」は、よく書けています。今回この作品を書くに当たって大いに参考にさせていただきました。坂田精一さんに感謝申し上げます。

投稿者: 田邉康雄 日時: 2011年08月11日 18:00 |

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