2009年11月15日にISO31000が発行された。私田邉康雄は、日本規格協会の対訳本を入手して精読した。精読中に感じたことを以下に記述する。
なおこの内容は、すでにビジネスエデュケーションセンター株式会社の御依頼により、2010年5月24日、「News2u.net」へリリースした「田邉康雄のリスクマネジメントリポートNo.1」に同じである。
<ISOの起源と現状(1)>
「サッチャーの悪知恵」と言われるISO9000が導入(1987年)されてから久しい。ISOはフィルムの感度表示(ISO100)など「製品の規格」であったが、ここに英首相サッチャーが、「製品を作るプロセス」を規格にして強引に押し込んだのだ。統合(EU)に向かう欧州において英国の主導権を確保するためだった。
―― 当初わが国メーカーはそっぽを向いていた。なぜならば自社製品の品質に大きな誇りをもっていたからだ。曰く「ヨーロッパの品質規格など、何ぞあらん」と。
しかし欧州へ輸出するためには、品質ISO9000審査登録が必要であることがはっきりした。この時点でわが国の大手エレクトロニクスメーカーが動いた。
彼らは「ISO9000とは手順の文書化と実施の記録である」と短絡的に理解し、1990年台の初頭には強引に登録を完了した。その結果、従來の会社経営システムとは別個のシステムが出来上がり、社内は二十構造となった。
その分だけ人手がかかり、コストが上がったが当時の大手企業にとっては痛くも痒くもなかった。そのコストアップよりは輸出で稼ぐ金額の方がはるかに大きかったから。
しかし大手から押し付けられた下請中小企業はしぶしぶと導入した。中小企業にとって文書と記録の洪水は大きな負担だったにもかかわらず。







