コンプライアンスの話を展開する前にコンプライアンス定義を明確にしつつあります。コンプライアンスは世間でとられている遵法に限定されず、もっと広い意味にとると前欄において説明し始めています。
―― 加地伸行先生が引用された論語の「罪を天に獲(う)れば、祷(いの)る所なきなり」の意味を私なりに解釈すると――、
―― 絶対神の怒りに触れる悪行を犯した場合、他の「心優しい」神に許しを請うても無駄である。即ち道徳的倫理観に抵触する悪行をしたら、絶対神に対してどのように許しを請うてもゆるされない。こんな意味だと思います。
―― さて意思の弱い私が今日までやってこられた理由は、阿弥陀如来様という絶対神が存在することにあります。
この世の人生を終了して如来様の御下に参上した際、先に参上している私の御祖先様から「康雄。よく頑張ってきた。よく来た」と頭を撫でてもらうことを楽しみしにして毎日生きることに励んでいるからこそ、意思の弱い私でもやってこられたのです。
―― 阿弥陀如来様に向かって毎朝線香を焚き、「チーン」と鐘を叩いて「なんまんだ」とやっています。繰り返します。私には、阿弥陀如来様という、絶対神がおられるのです。それが、ほうっておくと自由気ままに振舞いかねない、そんな私に対する行動抑止力です。
以上で「遵法定義」のうちの「倫理に対する適合」を終わります。明日からは、「組織の行動規範に対する適合」を展開します。







