コンプライアンスの話を展開する前にコンプライアンス定義を明確にしつつあります。コンプライアンスは世間でとられている遵法に限定されず、もっと広い意味にとると前欄において説明し始めています。
コンプライアンスの話を展開する前にコンプライアンス定義を明確にしつつあります。コンプライアンスは世間でとられている遵法に限定されず、もっと広い意味にとると前欄において説明し始めています。
―― 加地伸行先生の「古典個展」(2010年3月28日、産経新聞)の紹介を続けます。
先生曰く「一方、我々に個人主義という思想はなかったが、東北アジア流に自律してきた。それが可能であったのは、われわれ凡人への抑止力として、それぞれの祖先を置いたからである。「御先祖さまが許さぬ」という、われわれの抑止力はかって生きていたのである(中略)」と。
―― 先生はさらに続けられます。
続けて曰く「戦後教育においては、祖先という抑止力を教えてこなかったため、抑止力なき個人主義教育からは、ただ利己主義者を生み出すのみとなったそういう利己主義者が頼るのは日本国憲法の『婚姻は両性の合意にのみに基づく』夫婦の幸せだけであり、子を虐待して<殺人>して恥じぬ人間の屑が生まれてきたのだ」と。
「よくぞ言ってくださった」
と、私は心の中で大喝采の手を叩いています。
そのように感じていながら、うまく表現できなかった事実を理論的に証明してくださいました。
「さすがは大学教授だ」
と、感服しました。







