三井化学の下関の工場で爆発火災事故があったことに関連して私の思いを述べています。つづけます。
―― 前欄において親方と弟子の関係、すなわち徒弟制度を紹介しました。
―― 私が卒業した京都大学工学部燃料化学科の大学院においてはこの徒弟制度が存在していました。教授と学生の関係は、正に親方と弟子の関係でした。
―― この徒弟制度は、明治初期にヘンリーダイアーに率いられてグラスゴー大学から来日したいわゆる「お雇い外国人」教師によって東大工学部にもたらされたものでした。
それが明治後期に設立された第2の帝国大学である京都大学の理・工学部に伝わったものでした。理・工学部はその後分離されてそれぞれ理学部と工学部になりました。
―― 私見ですが、その後に設立された帝国大学、東北大、九州大、北海道大、大阪大、名古屋大を含めた七旧帝大の中でも京都大学の徒弟制度がもっとも顕著であると感じています。
このことと京大の理学部と工学部がノーベル賞受賞者を数多く輩出したこととは無縁でないと私は思っています。OJTが人を育てるのです。







