日経CNBC開局10周年記念番組【内山理名が往く歴史ROMAN 産業遺産 京都近代産業の幕開け(後編)琵琶湖疏水】の話をつづけます。取材は、設計建設者【田辺朔郎】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%9C%94%E9%83%8Eの子孫ということで受けました。
【田辺朔郎】が エンジニアとして【土木エンジニア】だけではなかったという話をしていますが、本欄では【機械エンジニア】であったことを紹介します。
田辺朔郎http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%9C%94%E9%83%8Eは、工事途中の明治1988(明治21)年から1989(明治22)年かけて米国に出張し、コロラド州アスペンにある鉱山で、試験的水力発電を見学したことを前欄で紹介しました。
その水車の欠点だった速度の不安定性を解決すべく、滞米中に【速度調節器】を設計して【 ペルトン水車】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%B3%E6%B0%B4%E8%BB%8A会社に発注してきました。まさに【機械エンジニア】でした。
もうひとつ、重要な事例がありますが、次回に譲ります。







