日経CNBC開局10周年記念番組【内山理名が往く歴史ROMAN 産業遺産 京都近代産業の幕開け(後編)琵琶湖疏水】の話をつづけます。取材は、設計建設者【田辺朔郎】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%9C%94%E9%83%8Eの子孫ということで受けました。
【生涯現役エンジニア】http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4901689622/ref=sib_dp_pt#reader-linkだった田邉(田辺)朔郎http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%9C%94%E9%83%8Eが【総合エンジニア】であった話を紹介しました。
前欄で紹介したとおり、こんなに多くの工学(エンジニアリング)実績をもった人物は、田邉(田辺)朔郎http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%9C%94%E9%83%8Eの他に知りません。
田邉(田辺)朔郎は、エンジニアという職業を、明治維新が終わった直後にいち早く確立した人物です。そして総合エンジニアという職業を確立した人物です。
―― 世の中には、エンジニアリング会社という存在があります。「もの作り」のための設備を総合的に作りあげる会社のことです。典型的には、石油精製プラントや石油化学プラントを設計・建設する会社です。例示すると、千代田化工建設、日揮、東洋エンジニアリングなどが著名です。私も三菱化学に在籍していた頃は、これらの会社に協力をしてもらいました。
―― 「もの作りの」ための設備を総合的に作りあげるためには、あらゆる分野の工学知識が必要とされます。多くの分野のエンジニアの集まりです。
田邉(田辺)朔郎は、ひとりであらゆる分野の工学知識を持ち、それを駆使して3つの世界初と6つの日本初を完成しました。田邉(田辺)朔郎は、【もの作り日本】の総合エンジニアの草分けです。







