日経CNBC開局10周年記念番組【内山理名が往く歴史ROMAN 産業遺産 京都近代産業の幕開け(後編)琵琶湖疏水】の話をつづけます。取材は、設計建設者【田辺朔郎】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%9C%94%E9%83%8Eの子孫ということで受けました。
【生涯現役エンジニア】http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4901689622/ref=sib_dp_pt#reader-linkだった田邉(田辺)朔郎が【防災エンジニア】であった話を紹介しています。
京都の本願寺(お西さん)の本堂は、東本願寺(お東さん)も西本願寺も度々火災に遭いました。「お西さん」は元和の大火で焼けて1632年の再建。「お東さん」は、元治の大火(1864年)で焼失して現在のものは、琵琶湖疏水工事中に再建されました。
―― もう火災に遭いたくない。
と、「お東さん」から相談がきました。
まだ防火用ポンプの存在しない時代でしたから、40メートル近い世界最大級の木造建築物に水を掛けることは大変困難なことでした。
田邉(田辺)朔郎は、インクラインの上方から鉄管を引いて落差による防火用栓を完成しました。1897(明治30)年のことでした。この完成を見て1912(明治45)年に御所の紫辰殿周辺にも同様な防火設備を作りました。
この例によっても田邉(田辺)朔郎が、【防災エンジニア】であったことを御理解いただけるでしょう。







